3‐8ご飯ときどき政治
即位の儀は九月にきまった。
今から約ふた二月後だ。細かな日程は後日公表される。
新たな皇帝はその時に決まるそうだ。異例だったが、内廷での諍いを避けることを第一に考えた策だろう。
「よもや、こんな時期に星辰皇子が臥せられるとは……大変な事態になりましたな」
豪商が盛大にため息をついた。
いつもとは違った餐館の個室で火鍋をかこみながら、妙と累神は豪商の男と今後について話しあっていた。累神は変わらず時々杯を傾けるだけで箸には触れもせず、妙だけが最高級の豚しゃぶをせっせと食べ進めている。
「錦珠様個人はともかく、彼の政派は戦争を進めかねません。錦珠様の即位はなるべく避けたいところなのですが」
星は大陸最大の領地を有し、現在は隣接する諸国と同盟を結んでいる。長期化した領地争いを経て、疲弊した諸国が星にたいして領地の三割を差しだすことを条件に同盟条約の締結をもとめた。星の皇帝は他国を制圧し禍根を残すよりも終戦を望み、これに承諾。安寧は築かれた。
「皇帝陛下が崩御した時、陽の軍が領地に侵攻してきましたよね。あれが悪かった。条約とは確実なものではない、条約など破棄して大陸を統一するべきだという強硬派に良い口実を与えてしまいました」
「だが、あの時の侵略については、陽の王が一部の軍隊による謀反だったと弁明している。軍の関係者を族誅することで責任を取り、すでに事態は収束した」
「累神様の仰るとおりです。事実、終戦から六十年が経っても、他の国とは良好な関係が続いています。よって、我々は、今後とも同盟を維持するべきだと考えています」
「俺も同じ考えだな」
現在の星の国力を考えれば、他国を制圧することも可能だが、戦争が勃発して被害を受けるのは民だ。貿易が阻害されれば、豪商もかなりの損害を受けることになるだろう。
「星辰様がたいそうご聡明であらせられることは周知の事実ですし、我等商幇も経済拡大期の崩壊の折、星辰様の智恵を御借りして損失を免れたという御恩があります。ですが、星辰皇子の御病態を受け、支持を諦めるものが後を絶ちません。私自身も今後、どうするべきかなやんでいるところでして」
話には耳を傾けつつ、妙は脂の乗った豚を鍋で泳がせ、野菜を巻いて頬張る。唐辛子と花椒の織りなす絶妙な旨辛さがたまらない。
(緊張感のある話の途中でも、旨い物は旨いなぁ。ついでに旨いものを食べると、頭がまわってくる)
「それなんですけど」
妙が声をあげる。
「星辰様が成長するまでは、彗妃に政を執っていただくというのは無理なんでしょうか? 確か、そういう制度があったような」
「摂政か、なるほど」
彗妃は女の身でありながら日頃から士族を取りまとめる役割を担っており、人望も厚かった。
「ふむ、それはよい考えですな」
豪商が唸る。
「彗妃には俺から提案してみよう」
「助かります。それでは引き続き、我等も星辰様を支持することができそうです」