2‐18犯罪心理学は哀れみには繋がらない
「……あんたは、彼女を哀れに想ったか?」
「哀れ、ですか。特にそうは想いませんでしたね」
罪のウラに恵まれない境遇があり、充たされない愛の飢えがあったのは事実だ。
だが、だからといって、嘘をついていいわけではなく。
「そもそも、私は哀れみってきらいなんですよね。誰かを哀れだと想う心理のウラには優越感があるんです。ほかにも、哀れみをかけることで善人だと想われたいという打算があったり――夢蝶嬪がまさにその典型でした」
彼女は度々、哀れな患者、といっていた。
「だから、私は彼女を哀れだとはおもいません。……なぜ、踏みとどまってくれなかったのか、残念ではありますが」
そこまでいってから、妙がへらりと笑った。
「まあ、私だって親に捨てられてますからね。誰かに哀みをもてるほど、いい御身分じゃないといいますか」
累神が不意に腕を伸ばしてきた。黙って妙の髪を梳き、頬をするりとなでる。
「な、なんですか」
「……なんでもない」
星を想わせる累神の瞳には愛しむような、穏やかなひかりが燈っていた。頬に触れていた指を離してから、累神は話を変える。
「そうそう、この事件を受けて、後宮で新たな規則を設けることになった。金銭だけではなく、物品の報酬を受領するのも禁ずる、という法律だ。法の抜け道は塞いでおいたほうがいいということになってな」
「え、ええっ、じゃあ、私も商売ができなくなっちゃうじゃないですか!」
それは困る。とても困る。
だが累神はおおらかに笑った。
「あんたは第一皇子お抱えの占い師だろう。申請しておいてやるから、今後も腕を振るってくれ」
「えぇ、なんかそれもいやなんですけど」
そもそも、第一皇子つきの占い師が道端で香具師紛いのことをしていたら、累神の恥になるだろうに。
「累神様って恥とかないんですか。商談の時もそうでしたけど……ああ、でもあの時は、私がずぶ濡れだったせいで他の妃嬪を誘う暇がなくなっちゃったんですよね。それはそれで申し訳ないですけど」
「ん? ああ、あの時か。いや、あれはもともと、あんたを捜してたんだよ」
想像だにしていなかった言葉に妙が瞳をまるくする。
累神はあっけらかんと続けた。
「妃嬪から選んだりしたら、なにかと誤解されたり喧嘩になったりして、面倒だろう」
あらかじめ彼女の振りをしてくれと頼んでいたとしても、後々騒動になりかねない。なにせ、累神はモテるのだ。
「確かにやっかいなことになるのが想像つきますね」
「だから、あんたが最適だったんだよ。それにあんたと一緒だと、……気持ちが楽だ」
最後の言葉には、奇妙な重みがあった。
妙には帝族として産まれた皇子の苦衷など理解できない。
だが恵まれて、満ちたりて、育ってきたわけではないだろう。飢えることはなくとも、絶えず毒殺の危険がある環境だ。権力や富を奪いあう者たちの諍いに巻きこまれ、神経をすり減らしてきたはずだ。
だからなのか、彼は時々、空虚な眼差しをする。なにもかもを諦めているような。それが妙の胸に風を吹きこませる。
「さてと」
累神が憂いを振り払うように明るい声をだす。
「約束どおり、揚げ鶏でも食いにいくか」
「わあっ、忘れてなかったんですね!」
妙もまた、彼にあわせて、憂いを絶つ。
「できたばかりの揚げ鶏屋があって、めっちゃおいしそうなにおいが漂ってくるんですよ。高級すぎて、いつも通りがかりに覗いてるだけなんですけど」
「わかったわかった。好きなだけ頼んでくれ」
大蔵省である累神を連れて、妙は大通にある揚げ鶏屋にむかった。
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