4 女官占い師は試される
(素姓をあてろということか)
心が読めるのならば、かんたんだろうとでもいいたげだ。
(……わかるか、そんなもん)
彼はあきらかに上級宦官だ。
人の習慣とは指に表れる。箏を弾いているものには箏爪をはめている痕ができるし、機織りをするものは指がきれないよう糸を巻きつけるくせがある。彼の中指には筆だこがあった。日頃から筆を握っている証拠だ。
下級宦官はまともな教育を受けておらず、字の読み書きもできないため、清掃や庭の管理、建物の修繕等を受け持つ。
(でも、上級宦官にしても、引っ掛かることがある)
彼は長牀几に腰を降ろす時、一瞬だけ、左側に意識をむけたのだ。
あれは日頃、帯剣しているものにありがちなくせだ。
だが、宦官は後宮内部での帯剣を許されていなかった。なんでも昔に宦官が妃妾を無差別に殺傷する、という酷い事件があったとか。よって、現在は宮廷の衛官から選抜されたものが後宮の衛を務めている。
帝族に認められ、後宮へ渡ることを許された高官も、後宮と宮廷を繋ぐ橋で剣を預けることがきまっている。
(この男は、宦官の振りをしているだけだ)
かといって、日頃から剣を振っていれば、掌は厚くなる。こんなに綺麗なてのひらをしているはずがなかった。
後宮でほかに帯剣を許されているのは帝族だけだ。
帝族といっても配偶者の親族をいれたら、かなりいるが、問題は齢だ。みたところ、彼は二十五前後。だとすれば、第二皇子か、あるいは。
「命 累神様――ですね」
放蕩者と噂の、第一皇子だ。
男が唇の端をもちあげた。
「正解だ。占い師サマはどうやら本物らしい」
累神は宦官の帽子をはずした。
燃えさかるような赤い髪がごうと、拡がる。
黄昏の霧でかすんだ町の風景に華やかな紅がにじんだ。黄金の眸とあわさって、息をのむような凄みがある。妙は眼を奪われたが、すぐに唇をかみ締めた。
(嘘つき。本物だなんてこれっぽっちも想っちゃいないくせに)
累神は妙の繰る詭弁を先読みし、彼女の視線がどこにむいているかを確かめて、彼女の占いに裏があることを看破していた。
「約束の報酬だよ」
ひとまずは満足してもらえたのか、累神が大月餅を差しだす。
「やった、ありがとうございます」
妙は胸を踊らせ、それに跳びついた。確かな重みに微かに漂う香ばしさ、ああ、ほんものだ。頑張って推理したかいがあった。
(この男がなにを考えているのかはわからず終いだけど。お偉いさまの御考えなんか、私ら庶民にはわかりませんよってね)
「それではまたごひいきに」
物を受け取れば、後はどうでもよかった。妙は非常に現金である。さっさと鏡を風呂敷に片づけ、撤退する。
「……なあ、あんた」
累神がなにかを言いかけたところで、女官が慌ただしく駆けこんできた。
「占い師さま! よかった、まだおられたのですね……!」
女官は傘も差さずにずぶ濡れで、酷く青ざめている。肩で息をしながらも彼女は縋りつくようにいった。
「娟倢伃が縊死されました、――貴方様の占い通りに」
お読みいただき、ありがとうございます。
いよいよ事件発生です!