2‐15嘘に嘘を重ねる
殿舎のなかも信者に埋めつくされていた。いるだけで、熱気を感じるほどだ。水の調べも、患者たちのざわついた喧騒に埋もれている。
女官を連れて現れた夢蝶嬪は華やかに微笑んではいるが、瞬きが異常に増え、神経を張りつめているように妙には感じられた。
噂が拡散するほど、夢蝶嬪に助けをもとめる患者は増加している。だが、その結果、想いこみの薬で改善する患者ばかりではなくなってきた。花鈴妃の御子もそうだが、段々と夢蝶嬪には手に負えなくなってきているのではないかと妙は推察する。
最初に祭壇に呼ばれたのは彗妃と星辰だった。
「御布施です、お納めください」
祭壇にあがった彗妃は、夢蝶嬪に箱を渡す。なかを確かめた夢蝶嬪が頬を強張らせた。箱にはあふれんばかりの金銀、珊瑚や真珠、瑠璃や翡翠、瑪瑙などが収められていた。
「こ、これは」
「信仰の証です。かならず、息子を助けてください」
夢蝶嬪は唾をのむ。無意識に髪に触れ、指にぎゅっと絡める。あれはこまったときの彼女の癖だった。
彼女の頭のなかでは秤があがったりさがったりしているはずだ。第三皇子の疾患を治癒し、助けたとなれば、どれほどの名声を得られるだろうか。だが、ほんとうにできるのか。できなかったら詐欺に問われるだろうか。
信者たちは期待に満ちた面持ちで祭壇を仰視している。
かならず第三皇子は救われる、夢蝶嬪が救ってくださると声が聴こえた。ここで無理だと布施を拒絶したら、信者たちはどう思うだろう――夢蝶嬪の思考が、妙には手に取るように読める。
天秤が、かつんと傾いた。
「――もちろんですとも」
夢蝶嬪が胸を張って、微笑む。
「華光の薬水に治せない病などございません」
ああ、また、嘘を重ねるのか。……疑いもせずに。
妙が失望に瞳を濁らせた。
「華光の神を信じ、御心を静かに薬を享けてください。信仰心に報いるべく、この度は特別な妙薬――黄金の薬水を御分け致しましょう」
夢蝶嬪は嘘に嘘を飾りつけて、華光の薬水に確かな薬能があるものだと患者に想いこませている。だが、今は他ならぬ彼女が、これは薬なのだと想いこんでいる。それはとても危険なことだ。嘘をついている側が嘘と真実とを錯誤すれば、そこには過信が産まれる。
できもしないことを、できると想いこんでしまうのだ。
夢蝶嬪が杯を満たす。透きとおっていた急須の水が、杯に移されたと同時に琥珀のような黄金に輝きだした。観衆が歓声を洩らす。
「……あれはどうやったんだ」
累神が声を落として、妙に尋ねてきた。まわりが騒がしいので、喋っていても聞きとがめられることはないと判断し、妙もその場で答える。
「あの急須、注ぎ口にも彫刻があるじゃないですか。光が屈折して、周囲の風景が映るので、何かが仕掛けてあってもバレにくい。軟膏のような練り物がつけてあって、通り抜ける時に混ざるようにしてあるんじゃないですかね」
ふたりが喋っているうちに星辰は、水を飲みほした。
「如何でしたか。甘かったでしょう。効能がある証拠ですよ。かならず、ご健康になられますから、ご安心くださいね」
星辰が頷きかけたのがさきか。
「っ……う」
胸を押さえて、星辰が苦しみだした。