2‐8詐欺師ですね
いよいよに心理に基づく推理が始まります
黄昏のせまった後宮に提燈が燈りだす。
普段は紅の提燈だが、端午祭の間は黄緑の提燈が軒にならぶ。
季節の境にあたる五月は昔から気分が落ちこみ、心身ともに病みやすい季節といわれるため、厄払いの緑が後宮に飾られる。
妙と累神はふたりして、帰路をたどっていた。累神が足をとめた。妙が振りかえる。
「事のウラは視えたか」
風が吹き渡る。
緑の提燈がいっせいに揺れた。
「夢蝶嬪は本物か。それとも、詐欺師か」
「詐欺師ですね」
妙は一考も挿まずに答えた。
累神は納得できないのか、続ける。
「だが、同じ急須からそそがれたにもかかわらず、女官が杯に入れた水はただの水で、夢蝶嬪の手を介した水は異常なほどに甘くなった」
妙があきれて、肩を竦めた。
「そりゃ甘いですよ。砂糖がたっぷりと入れてあるんですから」
累神は毒気を抜かれ、どういうことだと眸を細めた。
「女官から急須を渡された夢蝶嬪は念を入れる振りをして、急須を緩くまわしていました。おおかた底に沈殿していた砂糖を混ぜていたんでしょう」
「いくらなんでも、そんな子供騙しに引っ掛かるか?」
「だからいったじゃないですか。奇芸と一緒です」
奇蹟とは種を明かせば、意外なほどに他愛ないものだ。
「ですが、神殿みたいに豪奢な建物の祭壇で、華やかな服をきて、信者たちの歓声を受けながら祭壇に立ち、高級な玻璃の杯に水をそそいでいるのに――まさか、その中身が砂糖水だとは誰も想わないじゃないですか」
「……それは、そうだが」
「現に「砂糖が入っているんじゃないですか」と尋ねるものはいないわけです。だってそんなの尋ねたら、馬鹿みたいだから――それが心理です」
加えて、と妙は人差し指を立てた。
「急須も、杯も、透きとおった材質の物をつかっていましたね」
「玻璃製の器で……確か、麻の葉の彫刻が入ってたな」
「人は透明な物にたいして、不純物がない、明晰である、という心象を抱きます。つまり、透明な器である、というだけで、なにも混入されていないはずだと想いこむんです。そんなはずはないんですけどね」
透明な毒もある。だが、人は視覚に頼りがちな生き物だ。
「想いこみというのはすごいものですよ」
鴛鴦姐妹の時もそうだった。妹は華やかだが、姐は地味――という想いこみのせいで、側にいる女官ですら姐妹が入れ替わっていることに気づかなかった。
「なるほど、理屈はわかった。だが、だとすれば、実際にあれを飲んで症状が改善した患者がいるのはおかしいだろう。震え続けていたあの妃妾も水を飲んだ途端に震えがとまったぞ」
「それなんですけど」
妙も考えてはいたのだ。
あれは砂糖水だ。だが、実際に改善した患者もいる。かと想えば、花鈴妃の息子みたいに効果のない患者もいる。
「偽薬効果って知っていますか?」