2‐3女の心理を読んだ後宮流マーケティング
心理学は応用すれば、販促にもつかえます!
というわけで今日は後宮での御商売の話です!
「新しい箸を」
累神がすかさず、餐館の者に声をかけた。
豪商は咳払いをして、腕を組む。笑みだけは取り繕っているが、これはそうとうにご立腹だなと妙は感じた。腕を組むというのは拒絶を表す。端的にいえば、妙のことを受けいれたくないということだ。
(なんか、もやっとするな)
豪商から馬鹿にされるのは、妙は別に構わない。実際に蔑まれてもしかたのない身分だし、第一皇子と明らかにつりあっていないことは理解している。だが――と妙は累神に視線を投げた。累神はモテるのだ。こういうときにもっと見映えのする妃を連れてくることもできたはずだ。なぜ、選りによって、妙なんかを選んだのか。
(あ、そっか、私を助けてるうちに別の妃嬪を誘いにいく暇がなくなったのか)
食事を餌にして、妙を口実につかった累神のことは気に喰わない。だから、彼の風評がどうなろうと知ったこっちゃない、のだが――
(ああ、やだやだ、せっかくの飯が不味くなるじゃないか)
妙は箸を揃え、言った。
「先程の広告について、ですが、後宮の妃嬪を起用したところで、他の妃妾たちの購買意欲を掻きたてるのは難しいかとおもいます」
妙が商売の話を聞いているとは思ってもいなかったのか、豪商は驚いた顔をした。だがそれはすぐに渋面に変わる。
「小姐さん、女だてらに商売の話に嘴を挿むのは感心せんな」
「なぜですか。客も女でしょう」
男社会といえども、女の考えひとつ聞かずに女の客を対象とした商売をするのはいかがなものか。古狸のような豪商はふうむと唸った。
「後宮ではなぜ、女の姿絵が不評なのか――小姐さんにはわかるのかな」
「後宮の妃嬪は御互いを敵視しているからです」
妙は歯に衣着せずに言いきった。男ふたりは顔をひきつらせる。
「どれだけ仲睦まじそうに振る舞っていても、妃嬪たちは裏では絶えず競いあい、ちっくちく刺しあっています」
豪商が想わず累神をみる。
「そ、そうなのですか?」
「そう、かもしれないな」
思いあたる節があったのか、累神が苦笑した。
「都の女たちはとても単純です。絵に描かれたような美女と同じ口紅をつかっているというだけで、自分まで綺麗になれたような気分になります。でも、後宮の妃嬪がたはそうはいきません。妃嬪は傲慢……こほんこほん、誇り高い御方ばかりですから。自分が一番じゃないと気にいりませんし、他の女がつかっている物とは被りたくない、と考える御方も多いかと」
豪商が頷き、顎髭をなでた。髭に触れるのは熟考している証拠だ。
「被りたくない、か。なるほど、一理あるな」
「絵姿に描かれた妃嬪と比較された時、自分がちょっとでも見劣りするのがいやなんですよ。ああ、絵姿の妃嬪のほうが似合ってたなとか誰かに想われたら、もう最悪です。まわりの視線を気にするどころか、他人の風評に命を賭けている御方ばかりですから。殿方はあんまりご存知ないかもしれませんが、それが女の心理です」
妙は断言する。
「そうなると、君ならば、どんな掛軸を貼りだせばいいと考えるかね」
試すように豪商が尋ねてきた。異議だけのべて終わるのであれば、期待はずれということだろう。
妙は思案しつつ、ちらりと累神をみた。誰もが振りかえる端麗な顔だちだ。
「累神様が最適かと」
累神も豪商も度肝を抜かれたように顔を見あわせる。
「俺にそういう趣味は……」
女装をさせられると思ったのか、累神が苦虫をかみつぶしたように呻いた。だが妙は「違います、違います」と頭を横に振る。
「つけるんだったら、頬ですね。こう、横にすっと、刷毛で掃いたみたいに。後宮の妃嬪だったら、ぜったいにくらっときますよ!」
これならば、妃嬪たちの競争心をあおることなく、口紅の魅力を宣伝できる。累神は複雑そうだったが、豪商は「それはいい」と大絶賛した。
「価格は都の値よりもあげたほうがいいです。かわりに紅を容れる器にも凝りましょう」
「貝殻などはどうかな。東の島では蛤や蜊の殻に紅をいれるのだとか」
「いいですね。紅筆もつけたらどうでしょうか」
意気投合したふたりが盛りあがっているのをみて、累神がやれやれと肩を竦めた。だが、瞳は嬉しそうに綻んでいる。妙を連れてきてよかったと。