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21 人は誰もが嘘をついている

 哀しい事件だった。男は妹を愛し、妹は姉に恋慕を寄せ、姉は男に愛されるために妹を殺めた。三者三様の愛を抱え、だが結局はどれも実らず、落ちた。


あねと妹か)


 ミャオはなぜか、みずからのあねを想っていた。

 姐のことを想いだす時、まぶたの裏にはきまって、穏やかな微笑が咲き綻ぶ。


「妙、あなたはわたしの自慢の妹よ」


 彼女は何処までも純真で、綺麗なひとだった。

 両親がいなくなった後、姐は幼かった妙のために懸命に働き、ご飯を食べさせてくれた。齢七にも満たなかった妙にはよくわからなかったが、いまはあの時、姐は娼妓をしていたのだとわかる。妓館に入ることなく袖振りあっただけの男を誘い、春をひさいで暮らしていた。

 だが、なかにはあねを騙そうとする男もいた。


(だから、心理を身につけた)


 いつだったか、姐妹しまいを哀れみ、家に迎えたいと訴えてきた男がいた。

 だが彼は終始瞬きもせず、瞳が乾きそうなほどに見張り続けていた。異様だった。彼は翌朝にあらためて迎えにくるといった。姐は喜んでいたが、妙はどうも怪しいから隠れようといった。翌朝になって姐妹のもとを訪れたのは女衒ぜげんだった。女衒は姐妹しまいが長屋にいないとわかって、まわりの人たちにまで暴力を振るっていた。身をひそめて事態をみていた姐は妙を抱き締め、かたかたと震え続けた。


ミャオが教えてくれていなかったら、今頃……」


 それから妙は、姐の連れてきた男たちを細かく観察するようになった。分析を繰りかえして、嘘をついているものには無意識に取ってしまう動作があるのだと突きとめた。例えばそれは瞬きの異常な増減だったし、腕や脚の組みかたでもあった。

 彼女は一度、嘘というものを恨んだ。


(そもそも、父さんが知人の嘘なんかに騙されなければ、借金を背負わされることもなく、いつまでも家族一緒に幸せでいられたんだ――)


 だが、その時、想いだしたのだ。

 両親が失踪した時のことを。


 祭りの晩だった。姐妹しまいたこを握らせて、ここにいてねといったきり、母親も父親も帰ってはこなかった。

 姐と一緒に朝までふたりを捜し続けた。

 やがて昼になって、静まりかえった祭りの後で、それでもまだ待ち続けていた。再びに黄昏が訪れた時、まだ七歳だった妙は捨てられたのだという現実を受けいれ、泣き喚いた。


「だいじょうぶよ」


 あねは震えながら、妙を抱き締めた。


「お姐ちゃんがいるからね、なんにも心配は要らないのよ」


 あの時、そういって微笑みかけてくれた姐の言葉は――まるっきりの嘘だった。

 人は誰もが嘘を重ねて、生き続けている。生きるための嘘。愛するための嘘。嘘に助けられることもあれば、嘘に護られることもある。

 姐によって、妙は嘘と悪意はかならずしも結びつかないと理解したのだ。


 だが、五年前。

 最愛の姐もまた、失踪した。


(姐さんのことを捜し続けていた。都で占い師をやっていたのも、なにかの縁で姐さんにたどりつけるんじゃないかと想っていたからだ)


 けれど、鴛鴦おしどり姐妹の事件をみて、妙は心の臓が縮むような心地になった。


 妙の姐も、妹がいなければもっと幸せだったのに、と想ったことがあったのだろうか。妙には心理は解けても、心が読めるわけではない。

 だから想像するほかになかった。


 あねが幸福ならば、それでいい。

 彼女の幸せを確かめたら、袖も振らずに離れるから。もう一度だけ、逢いたい――でも、そんな想いすら、姐を縛りつけることになっているのだろうか。


イー ミャオ


 物想いに耽っていた妙は、後ろから声をかけられて現実にかえった。

 傍聴していた群衆はすでに全員退席して、劇場はがらんどうとなっている。紅の髪をなびかせた累神が舞台にあがってきた。


「いい舞台だった」


 きゅうと唇の端を結んで、妙が振りかえる。

 髪をはねさせ、親指をつきあげて、彼女は晴れやかに笑った。


「ふっふっふっ、なかなかに真にせまっていたでしょう」


「ああ、たいしたもんだよ、あんたは」


 憂いなど、らしくないと妙はみずからに言いきかせる。なやんでいても、腹のたしにもならないのだから。

 彼女もまた、どこかで嘘を重ねている。

 心に鍵をかけるのも嘘のひとつだ。


 でも、それでいいのだ。


 細やかな嘘をつきながら、暮らし続けるのが人なのだから――

 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 嘘という単語一つでここまでも話がふくらむこと。 主人公の過去が少しずつでてきたところ。 [一言] 行動心理学を読者にもわかりやすく、なお楽しめるように書く文章力は夢見里さんの努力の賜物で…
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