2 占い商売は大繁盛
花曇りでも後宮占い師は、満員御礼だった。
梅の季節は風のように過ぎて、いまは木蓮の盛りだ。
転んだ嬪はその後、すっかりと常連になった。
華 朝蘭と名乗ったその嬪は、まだ十七歳前後だったが、春の花も恥じらうほどの美貌を備えており、嬪にまでなりあがれるものは器量からして下級妃妾とは違うのだなと妙を唸らせた。
「ふむふむ、朝蘭嬪の運命の御方はすでに御側におられるようですね」
「ふふっ、やっぱりそうなのね! ねえ、姐様、聞いていたかしら」
朝蘭嬪は青い瞳を瞬かせ、後ろにいた女官の腕をつかんで嬉しそうに微笑んだ。姐様と呼びかけられた女官は物静かで、喋ることもなかったが、引っ張りだされて頷きながら微笑みかえす。
「よかったわね。貴女が嬉しいと、私も嬉しいわ」
「私もよ、姐様」
蘭が綻ぶような妹と違って花のない女官。似ても似つかないのだが、意外なことに実の姉妹だ。後宮の鴛鴦といわれるだけあって、ふたりとも仲睦まじい。そんなわけで姉妹は一時期、毎日のように通ってきていたが、ここ十日程は見掛けなくなった。飽きたのか、抱えていた問題が解決したのか。
(占いなんかに通いつめないほうがほんとは健全だもんな)
後宮にきて、おもったことがある。
女の都は一見華やかだが、裏はどろどろとしていて昏い。
星の後宮は皇帝だけのものではなく、帝族の遊び場でもある。放蕩者と噂の第一皇子にいたっては、後宮に入り浸っているのだとか。ついでに皇帝に認められた高官が妾をもとめて渡ってくることもあった。
昨年の春だったか、皇帝が崩御した。
都では暗愚な第一皇子にかわって、第二皇子が夏ごろに皇帝となるだろうと噂されている。
だがそれにともなって、後宮の縮小も考えられるとのことで、妃妾たちは後宮にいられるうちに条件のよい男を捕まえようとがつがつしている。
約千五百もの妃妾がいるとあって、上級妃妾たちは日頃から競うように飾りたてていた。朝蘭嬪もそうとうに着飾ってはいるが、たった今訪れた娟倢伃は、まれにみる猛者であった。
「あの、だいじょうぶですか」
思わず、そう声をかけてしまった。娟倢伃は首を傾げた。
「なにか、わたくしの頭についていますか?」
「い、いえ……その」
ついているというか、乗っている。
娟倢伃は髪を結いあげて、季節の花を溢れんばかりに盛っていた。咲き始めの桜に瑞香、花桃に白木蓮と千紫万紅だ。頭が傾ぐほどに花を乗せているのに、真珠や珊瑚の笄や歩揺まで挿していた。どれくらいの重さがあるのだろうか、想像がつかない。
占いの結果を喋りながらも、ついつい視線は彼女の頭に吸い寄せられてしまう。これではいけないと、妙は気を取りなおす。
「娟倢伃は士族の御産まれのようですが、一族に折りあいの悪い御方がおられますね」
「まあ。ほんとうにぴったり、あてられるんですね。そうなんです。宗家と分家であまり折りあいが宜しくなくて」
「ふむふむ、幼い頃から、息のつまる想いをなさってきたことでしょうね。一族の確執は根深いものです。御気に病まず、娟倢伃は娟倢伃の御幸せをつかんでくださいね」
「ああ、なんだか、胸のつかえが取れましたわ」
占い師の基本は御客の心に寄りそうことにある。私だけは全部、理解していますよといってあげれば、人は安堵する。
「ひとつ、ご相談なんですけれど。まもなく春の宴があるのです。緑の襦裙か、うす紅の襦裙か。どちらに福があるかしら」
「そうですね。風水による福色に拠れば、……緑ですね。春の福が訪れるでしょう」
「まあ、わたくしも緑がよいとおもっていたのです。嬉しい。これで御礼になるかしら」
花を象った糖花を渡された。都でも若い姑娘たちに人気があるらしい。たいそう可愛らしいが、妙はがっつり食べごたえのある物のほうが好きだ。
(なにせ、卑賎の産まれなもので)
報酬に食べ物を所望するのは、銭だと後宮内の商売として取り締まられるからだが、銭があっても妙は身を飾る物などにはいっさい関心がないため、結局は食べ物につかうのでたいして変わらないと考えていた。
「こちらの糖花、桜や金木犀の香がいたしますのよ。占い師さんに差しあげようとおもって、飴屋さんに立ち寄ったついでにわたくしの分も一緒に。なので、お揃いです」
娟倢伃は高貴な産まれであるのに、あるいはだからこそか、偉ぶったところがなかった。下級女官に敬語をつかう上級妃妾などめずらしい。根から育ちがいいのだろう。
「ええっと、最後に……その、首にはくれぐれも御気をつけください。なんとなく、ですが、厄の相が表れていますので」
「首、ですか。ありがとうございます。承知いたしました」
娟倢伃は微笑んで、一揖した。
頭に乗せられた木蓮の葩がひとつ、散る。あれだけ頭に乗せていて、よくもまだ頭をさげるだけの余裕があるものだと妙は感心する。
(私だったら、あんだけ重そうなものを乗せてたら、翌朝には首の筋がつってるな)
その後もしばらく占いを続けていたが、ゆうがたになって雨が降りだしてきた。軒のないところでやっているので、濡れたくない客がぞろぞろと帰りだす。妙も筵を畳んで帰る支度をはじめた。
「もう終わりなのか」
声をかけられ、振りかえる。
妙が瞳を見張るくらいに秀麗な男がたたずんでいた。
お読みいただき、御礼申しあげます。
今後とも連載を頑張りますので、応援していただければ幸いです。