19 女官占い師は舞台にあがる
ここから謎解きです
劇場は日頃から帝族や政客を饗すための舞や武芸などが披露されているだけあって、贅をつくして飾りたてられていた。青銅の鵲が掲げる篝火は盛大に燃えあがり、壁に鏤められた螺鈿は燈火を映して満天の星のようにきらめく。
傍聴を希望する観衆が六稜星を象った舞台をぐるりと取りかこんでいる。
渡り廊を進んできた占い師の姑娘が、静々と舞台にあがる。
愛らしくも妖猫めいたふんいきを漂わせた姑娘だ。緋と碧の襦裙を身に纏い、踏みだすごとに袖についた鈴が神妙な韻を奏でた。
易 妙は高らかに声を張りあげる。
「禍も福も解きて、神は真実だけを宣う――華 朝蘭嬪は舞台に」
女官に腕をひかれてきた華やかな嬪が舞台にならんだ。
瞳のない嬪と睨みあいながら、妙は語りだす。
「雨の、降り続ける晩だったそうですね。皆が寝静まった未明、嬪の房室に侵入してきたものがいた。すでに就寝していた華 朝蘭は瞳を斬られ、同室にいた華 夕莎は助けを呼ぼうとして眼を抉られ、無残に殺された。ここまでは相違ありませんか」
「そうね。そのとおりよ」
「ふむ――でも、奇妙ですね」
妙が瞳を細め、微笑を重ねた。
「ここにいる貴方こそが、ほかでもない華 夕莎なのに」
朝蘭嬪が一瞬だけ、言葉を絶した。嬪だけではない。
傍聴していた群衆たちも揃って、絶句した。続けてあきれたように頭を振る。突拍子もない。神の託宣というには御粗末すぎると失笑を洩らす。
朝蘭嬪もまた、花唇を綻ばせて、くすくすと笑った。
「なにを言いだすのかとおもえば。そんなはずがないでしょう、私は華 朝蘭よ。だってこんな華やかな襦裙、姐様に似あうはずがない」
そうだそうだと女官たちも頷きあった。鴛鴦の姐妹を違えるはずがないと。
だが、妙は落ちついていた。
「そうでしょうか。似あう似あわないではなく、夕莎はそもそも着飾ったことがなかった。紅を挿さず、おしろいもはたかず、髪も結わず。それでは妹とはまったく違ってみえることでしょうね。例え、顔の造りは一緒でも」
「なにがいいたいのよ」
朝蘭嬪がついに怒りをにじませた。
「華 夕莎はあの晩、妹を殺め、眼を潰してから服を取り替え、嬪になりかわった。それから、わざと悲鳴をあげて女官たちを呼んだ。誰も侵入者を見掛けていないのもあたりまえです。侵入者などはじめからいなかったのですから」
「っ……不敬だわ! 被害者である私にそんな訳の解らない疑いをかけるなんて!」
「そう、被害者です。貴方は被害者だから、疑われませんでした。あの房室にいたのはふたりだけだったのに」
激昂する朝蘭嬪にたいして、妙は冷静すぎるほどに冷静だ。
実際に視てきたものを語るかのように妙の言葉には、いっさいの惑いがなかった。これは推理ではない。事実を事実として報ずる響きだ。真実だけが持ちうる厳粛さというものが確と備わっている。
占い師を軽侮していた群衆が、段々と彼女の語りに圧倒されて絡めとられていく。もしかして神の宣託というのは真実なのではないか。そう想わずにいられない重みが、その言葉の端々から滲んでいた。
「違うというのでしたら、その眼を覆っている包帯を解いてください。傷はとうに癒えているはずです。だって、貴方は瞼に傷をつけただけなんですから」
彼女は医官の診察を拒否し続けていたという。崩れた顔を、男に視られたくないからと。だが、ほんとうに失明する程の傷ならば、恥等とはいってはいられないはずだ。
「いやよ、ぜったいにいや」
朝蘭嬪が頑なに拒絶する。だが強く拒絶するほどに疑いの視線が増える。
観衆からついに声があがった。
包帯を解け――斬られたのが真実ならば、なにを臆することがあると。
それは徐々に、熱を帯びた大合唱になる。
朝蘭嬪が唇をかみ締めながら、刺繍の施された包帯に指を掛けた。絹が解ける。
綺麗な瞼が、表れた。
「さ、幸いなことに傷が浅かったの。それだけよ……」
微かにかさぶたが残っているが、傷はあきらかに眼球には達していなかった。
「瞳はひらきますね?」
握り締めた指の震えから、激しい葛藤が窺えた。つまさきがあがってはまた落ちて、腹を括ったのか、朝蘭嬪は緩やかに睫毛をほどいて瞼をあげた。
刹那、彼女はか細い悲鳴を洩らした。
青い瞳が毀れんばかりに見張られる。
「昼椿様?」
客席の最も先頭には青ざめた昼椿がいた。