15 哀れみには嘘が混ざる
「それはそれは、酷い有様でしたよ」
妙が事件現場について尋ねると、女官たちは一様に眉を曇らせた。
「甲高い悲鳴が聴こえて、私たちが駆けつけた時にはすでに侵入者の姿はなく、夕莎様が廊でうつぶせに倒れておられました。助けをもとめて這いずられたのか、房室から血の跡が続いていて……きっと、最期まで妹を助けるために」
「瞳を潰されたといっても、夕莎様のご様子だと、眼に剃刀を挿しこまれてぐちゃぐちゃにかきまぜられたようなかんじだったからねえ……そりゃあまあ、ひどいもんだったよ。朝蘭嬪は房室のなかで半狂乱になって、夕莎様を捜しておられて」
「皆様が聴かれたのはどちらの御声でしたか」
「え、……そうねえ、雨も酷かったから……はっきりとは」
眼窩から頭のなかにまで傷が達していたのならば、即死だ。這いずって、声をだすだけの力があるものだろうか。
「なんにしても……朝蘭様が不憫でねぇ」
女官たちが口を揃える。
「あんなに綺麗だったのに、ねえ」
「最愛のお姐さんまで殺されて……朝蘭様は夕莎様だけにこころを許しておいでだったから。他人なんか敵だといわんばかりでね」
「昼椿様に下賜がきまったときも、そりゃあ、もう荒れて荒れて」
「後宮にまできて、幼なじみの男に下賜されるなんて悔しいと喚いては、毎度夕莎様に宥められていたくらいだったのに」
「事件がよほどに堪えたんでしょうね……」
まだ十七だものと女官たちは眉を垂らした。
占い師に頼ってきたのは、下賜のことで思いなやんでいたためか。昼椿も日頃から邪険にされていたのならば、事件を境に縋りついてくるようになった朝蘭嬪をみて、歓ぶのも致しかたない。
裏をかえせば、昼椿だけがあの事件から利を得た。
(昼椿だったら、宮にも侵入できそうだな。姐を殺害して、朝蘭嬪がほかに嫁げないよう瑕物にして、得をしたとすれば、昼椿だ)
誰が最も得をしたのかを考えるのが推理の鉄則だ。
(……でも、心理においては、そうともかぎらない)
女官たちは妙をおいて、もはや互いに喋っている。
「まあ、でも、あたしらには今まで通り、横暴なお姫さまだけど」
「違いない。今朝だって茉莉花茶が熱いといって喚いていたしねえ」
「医官がきても男に傷をみられるのがいやだと追いかえすし、私たち女官でさえ包帯の巻きなおしだけはさせてくれなくて……化粧だって、昔から姐さんにしかやらせなかったくらいだもの」
朝蘭嬪は他人に弱みを握られたくないという想いが強いのだろう。妙にたいしても、占いを受けにきていたときと変わらない態度を通していた。
「御可哀想に」
女官たちは一様に眉をさげ、唇か頬に触れながら、喋っていた。
これは嘘をついている時に表れる動きだが、哀れみの表現でもあった。哀れみという心理の裏には、優越感が張りついている。御自慢の顔が可哀想に。最愛の家族を喪って可哀想に。
それにくらべたら、私は幸せだ――
可哀想なものを鏡にして、自身の幸福を再確認するのは悪意ではなく、人のさがだ。だが不幸が重すぎると、優越を感じるのにも呵責がある。だから無意識に宥め行動を取ってしまうのだ。
(となると、女官のなかに疑わしいものは、……いないな)
御礼をいってから、妙は宮を後にした。
(はて、どうしたものか。どうにも理屈が通らない)
うす紅の春風が吹き渡り、思索に耽る妙の髪を弄んでは通りすぎていく。