14 鴛鴦の瞳は語らない
房室に招かれた妙は拱手して、挨拶する。
「妙でございます。この度は衷心より御悔やみ申しあげます。不穏な禍の影を感じて案じておりましたが……まさか、このような事態になっているとは」
見舞いの言葉も程々に、妙が本題に移った。
「事件の晩の仔細を教えてはいただけませんでしょうか」
「なんで、わざわざ、あなたに話さなければいけないのよ」
朝蘭嬪が声をとがらせた。最愛の家族を奪われた被害者に無神経なことをいっているとはおもう。怒られてもしかたがない。
だが現場にいた彼女の証言は、事件を解くにあたって、きわめて重要なものだ。
それに心理の真髄とは疑うことである。視線、言葉の選びかた、無意識での動きに疑いをむけて、なぜそうしたのか、理窟をもとめることだ。ゆえに疑いとは等しくかけてこそ、意義のあるものだと妙は考えていた。
「朝蘭嬪の瞳を奪ったものはいまだに捕まっておりません。刑部の官吏は諦めかけているとか。私には神や祖霊がついております。朝蘭嬪もよく御存知でしょう。罪人を捕えるのに御役にたてるかもしれません――朝蘭嬪もお姐様の無念を晴らしたいはずです」
話を拒絶すれば、姐をなおざりにすることになる、と思わせる。人の心理を揺さぶる言葉選びだ。朝蘭嬪は唇の端を僅かに震わせてから、ため息をついた。
「たいした証言はできないわよ。襲われたのは眠っているときだったもの」
包帯に触れながら、彼女は喋りだす。
「雨続きで、月のない晩だった。だからかしら。不審な男が侵入してきたことに誰も気づかなかったわ。いつもどおり眠っていたら、燃えあがるような痛みが弾けて……」
「なぜ、侵入者が男だとわかったのですか」
「……息遣いが聴こえたからよ」
話の間で割りこまれたからか、朝蘭嬪が足を組み替えた。
「なにがなんだか解からずに悲鳴をあげていたら、側で姐様の声が聴こえたわ」
「夕莎様は、朝蘭嬪の悲鳴を聴いて、駈けつけてこられたわけですね? 隣の房室におられたのでしょうか」
「姐様とはいつも一緒よ。……なによ、悪い?」
朝蘭嬪は姐にべったりだとは囁かれていたが、一緒に眠るほどだったとは。
「姐様は「誰かきて」「助けて」と叫んでいた。けれどそれはすぐ、絶叫に変わったわ」
朝蘭嬪は頭を振った。震えあがるように。
「……まさか、姐様が殺されるなんて」
続々と女官がやってきたが、すでに犯人は逃げた後だった。おそらくは廊子から庭に降りたのだろう。現場には血にまみれた剃刀がひとつ残されていたが、ありふれた物で犯人を特定する手掛かりにはならなかったという。
「お辛い話をさせてしまい、申し訳ございませんでした」
証言に嘘があるかどうかは、大抵目線で解かる。
人がなにかを想いだす時、視線は無意識のうちに左をむく。記憶を掌る器官が頭の右側にあるためだ。だが嘘をつく時はかならず、視線が右側に寄る。人は頭の左側で思考を練ったり、話を組みあげたりするためだ。だがこれは視線のない朝蘭嬪では、試しようがない。
となれば、多少強引でも弁舌で探るほかにないか。
「再度、確認させてください。奇襲されたとき、現場にいたのは朝蘭嬪と夕莎様だけということですね」
「そうよ。それがどうしたっていうのよ」
妙がわずかに瞳を細める。
(……変だな。現場には侵入者がいたはず)
言葉のいき違いということも考えられるが、これだけ重要なことが抜け落ちているとなれば、気に掛かる。念のためにもうひとつ、網を張っておくべきだろうか。
「ご面倒ですが、最後にもう一度、逆順に事件のながれを教えていただけますか」
「……え、ええっと、朝蘭……私が、斬られて……えっと」
証言がしどろもどろになる。逆順をたどれば、侵入者が逃げだした、もしくは女官が集まってきたところから始まるべきだ。なぜ、斬られたところからになっているのか。
「……ああ、もうっ、いいでしょう? 事件のことなんか、もう想いだしたくもないのよ! あれは終わったことだもの」
朝蘭嬪が苛々して袖を振る。これいじょう神経を逆なでするべきではない。つまみだされたら、女官たちにたいする聴きこみにも支障をきたす。
「ご協力を賜りまして、ありがとうございました。事件を無事に終わらせられるよう、誠心誠意努めます」
妙は額をつけ、そそくさと退室した。
続けては、女官たちに事情聴取だ。
疑いは等しく。何事も想いこむことなかれ。
それが心理の基本なのだから。