13 鴛鴦のかたわれ
「あの武官様はどなたですか」
妙が尋ねると、いかにもお喋りそうな女官が声を落として、いった。
「昼椿様です。実は、朝蘭様は昼椿様に下賜されることがきまっておりまして」
下賜というのは、功績をあげた武官等に皇帝が褒美として後宮の妃嬪を賜与することだ。妃嬪といっても、所詮は皇帝の私物である。だが、下賜といっても、妃嬪にとっては玉の輿となる例もあって、一概に嘆かわしいものではなかった。
だが、あんなことがあったら、下賜は取りさげになるのではないだろうか。
朝蘭嬪は被害者とはいえ、顔に瑕ができ、失明までしたことに違いはない。こうした事例だと、別の妃嬪が代理になるはずだが。
妙の考えを察したのか、女官が続けた。
「昼椿様は朝蘭様と同郷で、幼なじみであらせられたのだとか。このようなことになったからこそ、絶望の底におられる朝蘭様を放りだせるはずがないと仰せになられて。この頃は、毎日のように通ってくださっています」
「想いあっておられるのですね」
女官が一瞬だけ、視線を彷徨わせた。
いうべきかどうか、なやんでいるようだ。
「ふむ、これまではそうでもなかった、とか」
「さすがは占い師さんですね」
女官が苦笑して、耳うちをした。
「御推察の通り、朝蘭様はあの事件があってから、これまでの態度が嘘みたいに昼椿様に縋るようになって……最愛のお姐様を喪い、心細かったのだとおもいます。気心の知れた昼椿様をとても頼りにしておられて……」
その言葉のとおり、朝蘭嬪は昼椿の袖を握り締めて、離さない。
「朝がこないの。いつまでも暗くて……どうか、側にいてください。昼椿様だけは、わたしをひとりにしないで」
「私の心は絶えず、君の側にある。妻に迎える時まで今暫く待っていてくれ」
昼椿という武官はこまったように眉を垂らしながら、朝蘭嬪の肩を優しく抱き締めた。
「……わかりました。昼椿様をこまらせたいわけではございませんもの。朝蘭は昼椿様の訪れをここでお待ち致しております」
昼椿がこちらにむかってくる。
妙は廊の端によけて低頭しつつ、昼椿の表情を覗きみた。
綺麗な碧い眼の男だ。そういえば、鴛鴦姐妹も青い瞳をしていたなと想いだす。同郷といっていたが、青い瞳の民族なのだろうか。
まあ、それはともかく。
(ずいぶんと嬉しそうだな)
昼椿の鼻翼が微かに膨らんでいた。
(昂奮、昂揚……か)
朝蘭嬪は壁に触れて、段差などを確かめながら、ふらふらと房室に戻っていった。なにも視えないというのは事実らしい。
女官があらためて房室に赴き、朝蘭嬪に声をかけた。
「朝蘭様、占い師の妙様が御見舞いに御越しです」
「占い師? ああ、彼女ね……わかった。通していいわよ」
朝蘭嬪は昼椿にたいするのとはまったく違った声をだす。あきらかに面倒そうだが、どちらかといえば、こちらの態度のほうが親しみがあった。
(鴛鴦の綺麗なほうの嘴はとがってるって、もっぱらの噂だったからな)
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今後とも後宮の女官占い師をよろしくお願いいたします。