12 後宮の鴛鴦姐妹
新たな事件の開幕です
後宮には鴛鴦と称された姐妹がいる。
姐妹が非常に仲睦まじく、かたときも側を離れないからというのもあるが、実はそれだけではなかった。ここは後宮だ。暇をもてあました妃妾たちが単純に人を褒めるだけの噂を口遊むはずもない。耳触りのいい言葉にはかならず、裏があった。
この姐妹、外見の差がとにかく激しいのだ。鴛鴦の雌雄さながらに。
ご存知だろうが、鴛鴦の雄は綾錦のように華やかな翼をもつが、雌は鶉かとおもうほどにみすぼらしいのである。枯草に紛れたら、わからないくらいだ。
この姐妹もそうだった。
嬪たる妹は天に愛された美貌の持ちぬしで、艶っぽい睫毛に二重の瞳、雪を欺く肌にうす紅の唇が映えて咲き誇る月季花を想わせる。たいする姐は女官だったが、垢ぬけていないというか。紅は挿さず、瞳も厚ぼったく、地味のひと言につきた。
姐妹でこうも違うなんてねえと妃妾たちは揃って、囁きあっていた。神様とやらは不平等なことをするものだと嘲笑を織りまぜて。
だが、繰りかえすように姐妹はいたって、睦まじかった。
朝蘭は蝶よ華よと愛でられながら育ってきたためか、思い通りにならないと怒りだすというわがままなところがあった。そんな彼女を宥めるのは姐の役割だ。妹も姐である夕莎がいうことだけは素直に聞き、なにかにつけて、姐様姐様と頼っていたという。
(でも、姐妹を悲劇が襲った――妹は眼球を斬られ、姐は眼を抉られて殺されたとか。なんていうか、この後宮、物騒すぎない?)
首吊り偽装の殺人事件の後が、眼球切り裂き事件だ。
あろうことか、その事件の犯人を捜しだせというのが累神の依頼だった。どう考えても占い師の領分を超えているが、包子の誘惑に敗北を喫した。
というわけで、妙は貴重な休日をなげうって、華 朝蘭嬪の宮にきていた。
さすがに下級女官では、嬪に逢わせてもらえないだろう。
「朝蘭嬪にご愛顧いただいていた占い師の妙でございます」
「ああ、あなたが例の。朝蘭嬪から聞きおよんでいます。頼りにしていた占い師さんが御越しとなれば、朝蘭嬪もたいそう喜ばれて、気分が晴れることとおもいます。こちらにどうぞ、朝蘭様の房室まで御案内いたしますね」
嬪つきの女官は嬉しそうに通してくれた。
嬪の宮はさすがに豪奢で、香炉に屏風に壺と絢爛な調度品が飾られていた。壁には梅に尾長鳥、桜に蝶と風韻の漂う絵が描かれ、窓枠にまで細やかな彫刻が施されている。
(御妻の宮とは格が違う――そりゃそうか、嬪といえば妃に続く側室だ)
妙は御妻といわれる下級妃妾の宮に務めている。
下級妃妾に個々の宮はなく、六名毎にひとつの宮を与えられ、御妻の職務をこなしながら皇帝の御渡りを俟つ。そうはいっても御妻のもとに皇帝が訪れることはほぼなく、後は高官に気にいられるかどうかだ。
屋頂があれば幸いの暮らしを続けてきた妙ではあるが、嬪の宮と比較すれば、御妻の宮など小奇麗な長屋にすぎないなと感じた。
眺めていて、気になることがひとつ。庭に植えられた桃の枝を、女官たちが払っていた。庭の管理は宦官の役割のはずだ。
「宦官はおられないのですね」
「朝蘭様は大の男嫌いでして。宮のまわりに警護の衛官をおいているだけです」
だからすれ違うもの、みな女官ばかりなのか。嬪を襲った男は、侵入者だといっていたわけも、これでわかった。
廊を進んでいくと嬪の房室の前がやけに騒がしかった。女官が廊の角で足をとめたので、妙もそれに倣う。
「昼椿様、もうお帰りになられるのですか」
「案ずるな。またすぐに、君に逢いにくる」
覗いてみれば、姑娘が武官に縋りついて、いやいやと頭を振っていた。
ほかでもない華 朝蘭嬪だ。刺繍の施された包帯を頭に巻きつけ、光を奪われた瞳を覆っている。傷ついてもなお、彼女は華やかで、よけいに傷ましかった。
華は何処までも、華。
かたわれがいなくなっても、鴛鴦が鴛鴦であるのと一緒だ。
(でも、意外だな)
朝蘭嬪は男に縋りつく姑娘には視えなかった。どちらかといえば、花に惹かれて寄ってくる男の群を侮蔑するような傲慢さを備えていたからだ。だから男嫌いときいても納得ができた。好いている男だけは、別なのか。
「あの武官様はどなたですか」
お読みいただき、ありがとうございました。
ここから新たな事件の謎解きにミャオが挑みます。