4‐22破星皇帝に御光あれ
いよいよクライマックスです。
雲は三日三晩眠らずに馬を駈り続け、星の主要な港をまわって貨物船を検めさせた。雲の働きにより、密航を試みていた職人が捕縛された。職人は免罪と庇護を条件に、宮廷巫官の命令によって蛇の像を彫ったと供述した。これにより、累神皇帝を貶めるために占星を偽った事実が明らかとなり、巫丞の有罪が確実なものとなった。
縄をかけられ、刑場に連れてこられた巫丞は項垂れ、魂が抜けたようになっていた。永遠の若さを持つと称えられた時からは想像もつかないほど老けこんでいる。刑場を取りかこむ観衆たちは異例の犯罪に動揺を禁じ得ず、ざわめいていた。
「まさか、宮廷巫官様が」
「占星が嘘だったなんて」
巫丞の眼は虚ろだったが、椅子に腰かけて処刑を静観する累神の姿を映したとたん、燃え滾る怨嗟を帯びた。
「……最期にひとつ、神託を聴かせてあげましょう」
彼女は呪詛するように語りだす。
「神を疑い、神を欺く皇帝よ。おまえが皇帝になったことで星の廻りは破綻した。秩序を乱した星は禍をもたらし、この地を滅びの運命へと進ませるだろう」
悪あがきだ。だが、宮廷において連綿と信奉されてきた巫丞の言葉はこの期に及んでも民心を揺さぶり、呪縛する。
処刑を観ていた民等がざわめきだす。
「やっぱり、宮廷巫官様を処刑するなんて神の怒りをかうんじゃ」
臣たちも戸惑いを滲ませている。
ただひとり、累神だけがわずかもひるまなかった。彼は椅子から腰をあげ、飛輪の如き眼を燃やす。
「構うものか。いかなる星の廻りだろうと俺が打ち破る」
巫丞は眼をすがめ、嗤いだした。
「ふ、ふふふふ、傲慢ですこと。その傲慢さが禍をもたらすとなぜ解らぬのかしら」
「皇帝とは傲慢なものだ。いや、傲慢でしかるべきだ。それとも、現実になってもいない禍に慌てふためき、神に祈るだけの皇帝が欲しいのか?」
わずかも退かぬ累神の言葉に宮廷の臣たちが固唾をのむ。
「もっとも、俺ひとりでは無理だろう。だが、俺には有能な臣や民がいる。彼等とともに俺は星を動かす」
側近たる諸葛雲、張玄嵐が跪き、皇帝への忠誠心を表す。
続いて三公九卿が頭を垂れて揖礼した。なかには累神を皇帝としてまだ認められないものもいるだろうが、この時ばかりは誰も異論を唱えなかった。
宰相が皆を代表して声をあげる。
「累神皇帝陛下は言のみならず、実として星を動かされた。霊妙なるものは人を惹きつけ、動かすが、悲しむべくかな人は現実のなかにいる。神が何を語ろうと、星がいかに動こうと、現実ほどに強いものはない。我が皇帝は現実を動かす御方だ」
誰もが五カ月の間に累神が実現した政策に畏服を表し、拝跪する。
「累神皇帝万歳」
「万歳」
民等は政のことなど解らない。でも言われてみれば、確かに税がさがった、賃金があがった、食物の値が安くなった――なにより偉い人たちが跪いている。民は慌てて低頭する。
「それに、俺の占い師はそんな託宣は享けていない」
頭をさげていた官職たちがふたつに割れて、緋の襦に緑の裙をまとった姑娘が進みでてきた。易妙だ。
「神の託宣が降りました」
袖を拡げながら、妙は民に語る。
「今後星にせまる禍は破星皇帝により退けられ、民が進むさきには満天の福の星が瞬くことでしょう」
妙は累神にむきなおると優雅に跪く。
「累神皇帝陛下に御光あれ」
民が湧きたつ。どちらが偽りの占い師なのかは明らかだ。
宮廷巫官の権威は、地に落ちた。嘘という蝋でかためた翼で舞いあがり、鉤爪をたててひきずり落とさんとした累神という星が実は日輪だったのだと理解して、巫丞は膝から崩れ落ちた。
項垂れた首に処刑斧が落とされる。
星の廻りだけで、政を動かす時代は終わった。
妙は息をつき、星のない昼の青空を振り仰いだ。風に乗って、何処からか梅の香りが漂う。
冬が、終わろうとしていた。
お読みいただき、ありがとうございました。
宮廷巫官との決着はつきました。
残すところあと2話となります。あとは累神と妙の恋のゆくえです。もうちょっとだけおつきあいいただければ幸甚です。