4‐19元宵祭と熱狗
デート回です。
熱狗がなにか、予想しながら読んでいただければ嬉しいです。ちなみに食べ物です。
星の都は残った雪まで解けそうなほどに賑わっていた。
今晩は元宵祭である。
元宵祭とは新年になってはじめての満月の晩に一年の幸を祈念し、祝福する祭りだ。
朝から盛大な祝砲が青天に響きわたり、星型の提燈に飾られた大通りは人の群れに埋めつくされていた。露天商は客寄せの声をあげる暇もないほどに繁盛している。芸人が火を噴く奇芸を披露しているが、民は異国からきた象の行進に夢中だった。
一カ月前にきたとき、死んだように静まりかえっていたのが嘘みたいだ。
「変わるものですね」
「あんたのお陰だよ。貿易の仲介が功を奏して貿易収支が一転、黒字になった。お陰で一部の税率をさげるという法案を通すことができた」
民は単純だ。自身に利得があってはじめて、経済が好調なのだと理解する。経済崩壊なんて不穏な噂はとうに忘れられ、民衆はいっきに活気を取りもどしていた。
あとは累神が考案した国境の官署や大使館が建設され、動きだせば、星はさらなる発展を遂げるだろう。
背後に控えていた玄嵐が都の様子に眼を細める。
「民が賑わっているのは良いことだ。それにこの頃は靴みがきも見掛けなくなってきた。孤児が減ってきた証だ。……累神皇帝、感謝いたします」
累神は貿易を含めた経済のみならず、福祉にも力をそそいでいる。親もなく施しをもらって喰いつなぐ児らを助けようと孤児院等の施設を続々と建設し、かつ児童の虐待などが起きないよう宮廷が徹底して管理するよう進めていた。
「星は大きな帝国ですが、昔ほどには豊かではなくなってきていました。新たな風を取りいれるには最適な時期だったとおもいます。民が豊かになれば孤児は減りますから」
雲が袖を掲げて頭をさげた。
雲はあの後、累神のまえで自身の罪を認め、いかなる裁きでも受けると謝罪した。累神は民を惑わせた雲を叱ったが、内通を公にすることはせず刑に処すこともしなかった。
「祭りの晩に星辰を衛りきれなかった俺にも罪はある。だからこそ、これからはともに星を導いてくれ」
雲は寛大な累神の言葉に感激し、ふっとつぶやいた。
「なぜ、星辰様があれほどまでに累神様を慕っておられたのか、ようやっと私にも理解できました」
彼はあらためて累神にむかって跪き、誠心から忠義を誓った。
「諸葛雲――この命を累神皇帝陛下に捧げます」と。
雲も玄嵐も万事において素晴らしい働きぶりを発揮してくれた。累神は都の視察についてきた側近ふたりを振りかえる。
「迅速に事を進められたのは諸葛雲、張玄嵐の助けがあってこそだ。ありがとう」
重ねて、彗妃の力を借りられたのもおおきかった。彼女は銭舗、両替商だ。貿易にはかかせないものである。
「今ごろ宮廷巫官たちは青い顔をしているでしょうね。いつまで経っても経済崩壊になんてならないんですから」
「神に縛られた奴等は知らないだろうが、運命は変えるものだからな」
累神は唇の端を持ちあげ、いたずらに微笑んだ。都の視察をある程度終えてから、累神は側近ふたりに声を掛ける。
「しばらく妙とふたりきりにしてくれないか」
あのような事件があったため、雲も玄嵐もこまったように顔をあわせる。
「今度は失踪したりはしない。約束する」
「承知いたしました」
「ですが、遠くから護衛だけは続けさせてください」
ふたりが離れていってから、累神は妙に「いこうか」と手を差しだしてきた。
「ええっと」
妙はなぜ、累神が側近たちを遠ざけたのか察しがつかず、瞬きをする。
「祭りはまだ、きらいか」
累神の言葉に妙は眼を見張る。
彼女は実をいうと祭りが好きではなかった。姐とふたりして親に捨てられたのが祭りの晩だったからだ。だが累神や星辰と一緒に祭りをまわって、祭りが好きになった。
「今は好きです」
「そうか。だったら、せっかくの祭りを楽しむべきだろう?」
「ふふ、そうですね」
妙は累神の手を取る。
累神は嬉しそうに指を絡め、賑やかな祭りのなかでも逸れることがないようにつないだ。
都の賑わいようは、ともすれば夷祭を超えていた。
露天商は競って異境の珍品を売り、なかには水虎の指だとか不老不死の薬だとかぜったいに贋物だろうという品物もあったが、害がないかぎりは取り締まられることはなかった。
「それにしても、水虎の指なんか欲しいやつがいるのか?」
「持っているだけで儲け話が続々と舞いこんでくるそうですよ。鰯の頭も信心からっていうくらいですからね。福を招くって書かれていたら、なんでも有難くなるんですよ」
「そういうものか」
広場では町を練り歩いた象が曲芸を披露して、群衆を沸かせていた。鼻に筆を持って福と書いたり歌にあわせて踊ったりする象の姿に誰もが心を奪われている。誹謗の木なんか振りかえりもせず、歓声をあげて盛りあがっていた。
「こんな時が続けばいいのにな」
「続きますよ。楽しい時だけが続くわけではなくても、大変な時とかを乗り越えて、またこうやって笑いあえたら、それは祭りがずうっと続いていると一緒です」
「そう、か。……ああ、そうだな」
累神は妙の言葉に感嘆の息をつき、心の底から微笑む。
「禍福は糾える縄の如し、か。だったら、皇帝にできるのは禍のあとにはかならず、幸福が訪れるようにすることだろうな」
累神は納得したように頷いてから「ところで」と妙の腕をひき寄せた。
「腹は減ってないか? あんたには散々迷惑をかけた、禍のあとには福がないとな」
「減ってますっ、ぺっこぺこです」
妙がちから強くこたえる。
「はは、だろうな」
第二広場には各地から集まってきた飲食屋台が軒を連ねていた。祭りの定番である包子に餃子、元宵という伝統甜菓や長麺はもちろんのこと、他国から渡ってきたフライドポテトという揚げ芋、綿のような飴までそろっていた。
妙が惹かれたのは熱狗と書かれた奇妙な食べ物だ。
「これ、なんでしょう。すごくおいしそうなにおいがするんですけど」
「食べてみるか」
累神は熱狗なるものをふたつ、購入してきてくれた。こげめのついた面包に細長い物がはさまっている。
「いただきます」
妙が思いきって、かぶりついた。
面包のふわふわ感に続けて、ぱりっとこれまで体験したことのない食感で細長い物が割れた。熱々の豚肉の脂があふれてくる。
「はふっはふっ、うみゃっ……なにこれ、めっちゃおいしいです」
食べたことのない味だが、絶品だ。番茄の酸味とからしの辛さが意外なほどに絡みあい、豚の旨みを際だてている。いくらだって食べられそうだった。
「それはよかった」
累神も続けて、熱狗を食べる。
彼は味を感じない。苦い、あまい、酸っぱいといった違いはわかっても、旨味という感覚が完全に抜けおちている。彼にとって食事はなにひとつの幸福もなく、ただ命を維持するための義務に過ぎなかった。
「っ」
累神は唐突に息をのみ、動きをとめた。
「累神様、ま、まさか」
毒か!?
累神は皇帝だ。命を狙われる危険が絶えずつきまとっている。妙は一瞬にして青ざめたが、累神は瞬きをしてぽつりとこぼした。
「味がする」
「え」
累神は確かめるようにかみ締める。
「ほ、ほんとうですか!」
「ああ、なんとなくだが……うまい、な」
累神が味を感じなかったのは舌の異常ではなく、心理によるものだ。
食とは生を肯定し、死を遠ざける本能である。禍の星に産まれたことで母親から怨まれてきた累神は、みずからの命を肯定することができなかった。
だから彼は無意識に、食を拒絶し続けてきた。
そんな彼が、ちょっとずつではあるが、みずからの命を許せるようになってきている。それを理解して妙は涙を浮かべた。
「よかった……累神様、ほんとうによかった」
累神は微かに戸惑ってから妙を抱き寄せ、頭をなでた。妙は涙を拭いて、にっこりと笑いかける。
「ね、食べるって、幸せでしょう?」
お読みいただきまして、ありがとうございます。
引き続き、明日もデート回になります。このあたりから、累神と妙の関係がググッと進展!? 恋愛を楽しみにしていた読者様、お待たせしました!