表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
102/111

4‐16兄弟は殺しあわなければならないという暗示

すみません、ひとつ、誤りがありました。

「累神様の臥室にあざらしの革で造られた沓が」

とありましたが「竜椅(ぎょくざ)の裏にあざらしの革で造られた沓が」が正確です。

修正させていただきました。

「復讐ですよ。だって星辰シンチェン様が御可哀想じゃないですか。星辰様はあれほどまでに累神陛下を慕っておられたのに、信頼していたあにに殺されるなんて」


「だからそれが誤解なんですってば。あなた、頭いいんですよね? なのに、なんであんな馬鹿げた噂を鵜呑みにしているんですか。おふたりはご哥弟きょうだいで――」


「だからですよ、哥弟きょうだいというのは競いあい、争いあい、殺しあうものでしょう?」


 ユンはさもあたりまえのように物騒なことを口にする。

 聞いた話では雲は諸葛ショカツ家の四男だが、長男二男三男が不幸にも早逝し、跡取りになったという。まさか。


諸葛ショカツ家では幼いころから、哥弟きょうだいを倒していちばんになれと教育されます。私は成績が良く秀でていたので、あに達から妬まれて度々暗殺されそうになりました」


「あなたが、ほかのあにたちを殺したんですか」


 ミャオは神経を張り詰めたが、ユンはなぜか苦笑した。


「それは違いますよ」


 雲は頭を振り、弁明する。


「私は産まれつき弱視でした。かわりに耳がよくて、遠くの声もはっきりと聴こえます。あるとき、長男から一緒に茶を飲まないかと誘われました。日頃から競いあってばかりだが、ほんとうはなかよくしたかったと。ですが長男は「茶に毒を混ぜよ」と女中に耳打ちしていました。密談を聴いてしまった私は、こっそりとあにの杯と私の杯をすり替えた。哥は私に飲ませるはずだった茶を飲み――死にました」


 ミャオは絶句した。悲惨すぎる。


「その後、狐猟きつねがりの時に馬のあぶみを交換したら二男が、饅頭を入れ替えたら三男が――――ね、これは事故ですよね?」


 唇の端を強張らせるようにユンは微笑む。

 妙はそれをみて、理解する。


(そうか。彼にとって、累神(レイシェン)様と星辰(シンチェン)様が()()()()()()()()()()()()()()()()()。だから、累神様が星辰様を暗殺したと思いこんだのか)


 実のところ、頭がよくとも想いこみというものは起きる。むしろ頭がよければよいほど矛盾を理屈でつぶして、妄想というとりでを強固にしていくものだ。


 なぜ、そこまでして、嘘を真実だと想いこむのか。


 こたえはひとつ。嘘を信じたほうが()()()()()()()からだ。


「あなたはずっと、星辰シンチェン様を妬んでおられたんですね」


 妙に指摘されて雲は息をつまらせる。


「……違います。星辰シンチェン様は可哀想なひとだった。哀れむことこそしても、妬んでなどいません」


 ユンは喋りながらしきりに指を動かし、官服についた釦を弾いていた。


「いいえ、可哀想なのはあなたなんですよ」


 ミャオは傷だらけになった雲の心をいたわるように続けた。


「あなたはあにたちと競いあうのがつらかった。殺されかけたことが悲しかった。ほんとうはなかよくしたかった」


「そんなことはありません、だって哥弟きょうだいは争うものですから」


「そう、だからこそ、あなたは争いあうのはあたりまえだ、たいしたことではないのだと想いこもうとした」


 これは虐待された児童によくある正常化の偏見という現象だ。親から殴られたり食事を抜かれたりしても、これは異常なことではなくふつうの躾なのだと思いこむことで苦痛を鈍化させ、けっして愛されていないわけではないと暗示をかける。


「そうすれば、悲しまずに済むから」


 自分の心をまもるための嘘だ。

 思いこみは防衛本能からなる。だが、他の子は虐待を受けていないと知ったとき、自身の認識に矛盾ができ、壊れてしまうことがある。


「結果、あなたは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と考えた」


 ともすれば、強迫的なまでに。


星辰シンチェン様は慕っていた累神(レイシェン)様に暗殺された。そうでなければ、ならない。だって愛しあう哥弟きょうだいなんてものがいたら、家族に絶えず殺意をむけられてきた御自身が()()()()()()()()()()()――違いますか」


 ユンは頭を振り「違う違う」と繰りかえす。髪を掻きむしるその様は泣きだす子どもと変わらなかった。


「そもそも、単純に哥弟は殺しあうという持論だけを押し通したいのならば、星辰様は錦珠に暗殺されたという事実だけで済むことなんです。それなのに、累神様にこだわるのは妬みという私情があるからです」


「そんなこと、認めません。だって、累神陛下は現に星辰様を」


「愛していた」


 妙はわずかも淀みなく告げた。


竜椅(ぎょくざ)の裏にあざらしの革で造られたくつが飾られています。星辰シンチェン様の遺品です。累神様は星辰様が死んでも、変わらずに想い続けています。愛しているからです。確かめてきてはどうですか」


 ユンはまだ認められないのか、反論しようと唇をひらいてはとじ、だが結局は言葉に窮して背をむける。ふらつきながら、廊を遠ざかっていくその背を見つめ、妙はつぶやくように語りかけた。耳の良い彼にならば聴こえるはずだ。


「そろそろ認めていいんですよ、ほんとうはつらかったんだって」


 異常な家庭環境のなかで哥弟と争いあうことを、殺されかけたことを、死なせてしまったことを、彼は――悲しんでもよかったのだ。


「そのあとでもうひとつ、認めるべきです。あなたがみずからを騙し続けるためにしたことがどれだけの民を惑わせ、累神様を窮地に陥れたのかを」


 真実を認めることでしか、ひとは前に進めないのだから。

お読みいただき、ありがとうございます。

雲のトラウマに光をあて、彼の過ちを突きつけた妙に拍手がわりに「いいね」をいただければ、とても嬉しいです。まだ物語は続きますので、宜しければ「ブクマ」をいただければ励みになります。

それでは今後ともよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング
ぽちっと投票していただければ励みになります!
ツギクルバナー
ぽちっと「クル」で応援していただければ嬉しいです
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ