4‐15「内通者はあなたですね」
累神は一命を取りとめた。
妙はあの後すぐ、あたりを捜索していた玄嵐に声を掛け、後から合流した雲とともに累神を宮廷に連れかえった。
宮廷医いわく、累神は強烈な薬を吸わされ、錯乱状態に陥っていたという。吹雪のなかで彷徨っていたため衰弱していたが、峠は越えた。妙が捜しあてるまで意識を維持していたのは奇跡だ、あとちょっと発見が遅かったら死の危険もあったと宮廷医は青ざめていた。
「累神陛下があのような貧民街におられるなんて。さすがは皇帝つきの占い師様です、よくおわかりになられましたね」
「神の御導きです」
妙はもっともらしい嘘をついたが、ほんとうは勘だ。
いや、勘というのはちょっと違うか。
刺客に追われていたとして、累神ならば民を危険にさらさないよう、路地裏に紛れるだろうとおもったのだ。
負傷したり毒などで思考が鈍っていたら、なおさらだ。
無意識に昏いほう昏いほうに進む。愛されず、帰るよすがのないこどもが隅っこに身を寄せるように。彼はそういう男だ。
幸いなことに妙には土地勘があった。特に裏町は庭のようなものだ。餐館からそれほど離れておらず、うす暗い路地となればあそこではないかとあたりをつけた。
結果は大正解だった。
「妙様」
宮廷医から累神の様態を聴いてひとまず安堵し、後宮に帰りかけたところで雲が追いかけてきた。
早朝の宮廷の廊は人の姿も絶えていて、寒々しい。壁にともされた燭火が風で頼りなく揺れている。
「まもなく朝です。累神陛下が意識を取りもどされるまでは後宮には帰らず、宮廷に残られてはいかがでしょうか?」
「え、いいんですか?」
「ぜひともそうなさってください」
雲は朗らかに微笑みかけてきた。
「客房にご案内いたします。吹雪のなか、都を歩きまわって、お疲れになられたでしょう。湯を沸かさせますので、暖まってから仮眠を取られてください」
落ちついたら、吹雪にさらされて凍えた身がいっきにかじかんできた。つまさきなんかは冷たいを通り越して痺れている。
妙は感謝の意を表すように笑顔で袖を掲げた。
「ありがとうございます、でも、そのまえに」
言葉を切り、妙は真剣な眼になって続けた。
「雲さん、宮廷巫官と内通していたのはあなたですね」
累神様の敵ですか――と妙が尋ねたとき、玄嵐は視線を逸らしたが、雲は敢えて妙と眼をあわせた。
嘘をついているものは「眼が泳ぐ」というが、あれは誤りだ。
意識して嘘をつく時ほど、ひとは騙す相手から視線を逸らすまいとする。
それにたいし、玄嵐のように喋りながらに落ちつきなく眼を動かすのはなにかを想いだそうとしていたり恥ずかしいと感じていたり、様々な心理の動きに起因する。よって嘘をついていると一概には断定できない。
「まさか。なぜ、私がそのようなことをしなくてはいけないのですか」
「そのような、というのは変ですね。ふつうは「宮廷巫官と内通しているのではないか」と疑われたら「どういうことですか」と尋ねるべきではないですか」
雲が酷く動揺した。これはただの揺さぶりだ。慌てれば慌てるほどにぼろがでる。
「だ、だって、それは……宮廷巫官の神託は累神陛下を批判する内容、でしたので。ですが、私は累神皇帝を敬愛しています。星辰様が支持されていた御方ですから」
雲は妙から視線を外さずに続けた。瞳孔がひらいている。嘘をついている証だ。
「そうですね、あなたは星辰様を敬愛しておられた。それは真実です」
「だったら、むしろ玄嵐のことを疑うべきです」
理屈としてはそうだろう。玄嵐は錦珠を支持していたのだから。だが、彼は錦珠と直接逢ったこともなく忠誠を誓っていたわけでもない。
この頃は累神の側で彼の誠実な施政をみていて、累神にたいする態度も徐々に柔らかくなってきている。皇帝に毒を盛ったものを斬ると息まいて調査にむかったところをみるに、すなおになりきれていないものの、累神を皇帝として認めはじめているのではないだろうか。
「だからですよ。星辰様を敬愛していたからこそ、あなたは累神様を怨んだ。星辰様を暗殺したと噂されている累神様を」
彗妃がぼやいていた。
士族のなかにはいまだに累神が星辰を暗殺したと疑っているものがいると。
「そんな。違います、私は累神陛下のことを怨んでなんか」
「私に嘘は通じませんよ。なにせ、神やら祖霊やらがわんさかついていますから」
言い訳を続けていた雲が黙る。やがて大きな息をついて、彼は先程までとは別人のような冷酷な眼をした。
「復讐ですよ。だって星辰様が御可哀想じゃないですか。星辰様はあれほどまでに累神陛下を慕っておられたのに、信頼していた哥に殺されるなんて」
お読みいただき、ありがとうございます。
さて、ここで答えあわせです。嘘をついた内通者は「雲」でした。
ここからどうなるのか、明晩の更新をお待ちください。