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4‐14皇帝を蝕む希死念慮

 都の裏通りは真冬でもえたにおいが漂っている。

 強烈な媚薬におかされた累神(レイシェン)は、ふらつきながら暗い路地を彷徨っていた。

 貧民たちは身なりのいい累神(レイシェン)を遠巻きに睨んでいたが、剣を携えているのをみて警戒して近寄ってはこない。

 雪はいつのまにか、吹雪になっている。ほどけた累神の髪に雪が絡み、弟そっくりな銀にそまる。眼鏡も何処かで落としてしまった。

 寒いはずなのに、外掛を投げ捨てたくなるほどに暑かった。胸もとをひらき、荒い息をつきながら累神は壁にもたれて、ずるずると崩れ落ちるようにすわりこむ。雪に埋もれて眠ったら死ぬのだろうか。


(それもいい、かもな)


 欲望をあおる媚薬だと織姫チィチェンはいっていたが、ミャオの幻を振りきったあとは累神のなかに愛欲じみたものはなくなった。かわりに心を蝕むのは死にたいする欲求だ。


星辰シンチェン錦珠ジンジュも死んだ。俺が殺したようなものだ。だったら、俺も死ぬべきなんじゃないのか)


 黄金の眼が、陰る。

 累神は死の誘いに身をゆだねかけて、頭を振った。


「そんなこと、許されるはずがないか」


 皇帝という荷を投げだすことは民を捨てるに等しい。

 だが、続けて、偽りの星という言葉が毒のように拡がる。この身が皇帝にふさわしいのかどうか、ほんとうは累神自身が誰より疑っていた。


「俺なんかが皇帝になるべきでは、なかったのかもしれない、な」


 は、と乾いた嗤いを洩らす。

 幼少期から、耳が腐るほどに聴かされてきた母親の呪詛が繰りかえされる。


「おまえなんて産むんじゃなかった」「産まれてこなければ」


 彼女は累神を産んだせいで壊れ、不幸のなかで死んだ。母親を壊し、星辰を死なせ、錦珠を殺めた。そんな男が、皇帝になっていいはずがなかったのだ。

 凍死すれば、彼らのところにいけるだろうか。

 いや、だとしたら、眠るように死んでいいはずがない。


「そう、か。そうだよな、俺は苦しむべきだ」


 薬で錯乱している累神は冷静な思考を奪われる。死にたい、ではなく、死ぬべきだという強迫観念。


 累神(レイシェン)が剣を抜いた。


 剣を握り締め、みずからの胸にむけたその時だ。きらきらと星がさざめくような姑娘の声が聴こえた。


「皇帝さん、だめよ、そんなものを持っていては危ないわ」


 白い姑娘おんなの手が剣を取りあげる。


 なぜだか視線があげられず、相手の顔を確かめることはできなかった。

 ただ、視界で揺れるすそをみるかぎり、町娘にしては華やかな服をきていた。妃妾ひしょうが都の路地にいるはずがないので、娼婦だろうか。


「弟さんから、あなたを捜してと頼まれたのよ」


 奇妙なことをいう姑娘おんなだ。累神は自嘲する。


「俺の弟は死んだよ。……俺のせいで」


「まあ、そんなことをいってはだめよ。ふたりとも哀しむわ」


 累神の髪を梳き、なだめる手は優しかった。こんなふうに慈愛のあふれる手で頭をなでられたことが、これまで一度でもあっただろうか。母親のような。姐のような。


「雪、積もったわね。あなたにもらった雪沓はとても歩きやすいと弟さんが喜んでいたわ」


「……星辰シンチェン、が?」


 累神(レイシェン)が息をのむ。そんなことがあるはず、ない。

 だが、嘘だとして、なぜ累神が星辰にあげた雪沓のことを知っているのか。


「もうひとりの彼は冬が好きじゃないみたい。幸せな想い出がないのね。幼いころ、雪遊びにいくあなたのことをうらやましくおもっていたそうよ。一緒に遊びたかったのにできなかったみたい。ふふ、いつか、また遊んであげてね」


 彼女はほんとうにふたりから聴いてきたように喋る。


「あなたはいったい」


「ねえ、皇帝さん。ひとつだけ、予言をしてあげましょうね」


 頬に触れる指はやさしいのに、死者のように冷たかった。


「あなたにはとっておきの星がついているわ。どんな禍の星の廻りであろうと、打ち破ることができるでしょう」


 彼女は愛らしい猫のような唇を綻ばせた。


「……あの()のことをお願いね」


「待ってくれ……あなたは」


 花ひらくように裾がひるがえる。

 かわりに遠くから声が聴こえてきた。聴きなれた声だ。金縛りが解け、累神は声のするほうに視線をむけた。


累神(レイシェン)様!」


ミャオ……」


 妙は吹雪のなか、息をきらしてかけ寄ってきた。

 ぼろぼろと涙をこぼしている。凍りつきそうな涙の雫が砕けた星のように散り、きらめく。妙は雪を蹴って、転びかけながら、いきおいよく抱きついてきた。


「よかった、ぜったいにみつけてみせるっておもって……死んでなかった、生きてる、生きてますよね」


 あまりに懸命な様子をみて、累神は微かに笑った。累神を呪縛してやまなかった死の誘惑がすっとほどける。


「なに、笑ってるんですか。捜したんですからね」


 累神は強く、妙を抱き締めかえす。


「ありがとう」


 触れあう肌が暖かかった。抱きあっているだけで酷く心が落ちつく。妙にもたれかかるように頭を預け、ちからを抜いた。


「ちょ、ちょっと、累神様っ、眠ったらだめですってば」


 遠ざかる意識のなかで、星が明るく瞬いていた。

お読みいただき、ありがとうございます。

累神はなんとか死の危機を乗り越えました。「よかった」「続きがきになる」という御方がおられたら「いいね」「お星さま」「ブックマーク」で応援していただけると大変励みになります。

まだまだ話は続きますので、今後ともご愛読いただければ嬉しいです。よろしくお願いいたします。

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