怪鳥一家
長くかかりましたが、完結しました。応援、ありがとう!
あの晩、丸テーブルに座って、俺を待っていたのは、俺のワンルームの管理人の一家であった。
管理人の一家によって、この部屋では、せめてもの侵略者たちからの戦利品で晩餐が開かれていた。
* *
ところで、俺の頭には、一つの疑念がわいた。
俺は、食事に招待されていたのか?
管理人の住まいのダイニングルームで起こったこと。
あれは現実だったのか?
それを判断するに、はっきりとした記憶はない。
とにかく、俺は、寝てしまう前に、このことだけは、書き残しておきたい。
* *
俺は、ワンルームマンションに住んでいたのだが、そこの管理人の一家の住居に招待された。
俺とその管理人との関係は、すでに述べたように決してよいものではなかった。
だから、管理人の招待は、不思議にものに思われた。
悪い予感もあって、管理人の招待を受けるかどうか迷った。
しかし、結局、管理人の招待を受けることに決めた。
ここは、マンションの管理人の一家の住まいである。
俺は、管理人の住居に管理人に案内されてはいっていった。
ダイニングには、大きな壁が一面あって、そこに巨大なモニターがあって、モニタの前に大きな丸テーブルがあって、この大きな丸テーブルに食事が用意されていた。
俺がついたときには、管理人一家の食事は始まっていたようだ。
* *
管理人一家は、食事中もモニターに動画を流していた。俺がはいっていったときには同じニュース映像が繰り返し流れていた。
ところで、奇妙なことに、管理人の住まいには、たくさんの時計が食器棚やサイドテーブルなどを含めあちこちに置かれていた。
しかし、それらの時計は、掛け時計、目覚まし時計、腕時計に至るまで、すべての部屋の中の時計は、なにかの強力な銃の弾丸によって撃ち抜かれていた。
これらの壊れた時計の様子を誰かに見られて困らないのであろうか? 俺は、思った。
もちろん、これらの壊れた時計の理由は分からない。
* *
俺は、モニターに映し出されている動画のことが気になった。再び、管理人のダイニングルームのモニターに目を向けると、
モニターのニュース映像は、先ほどから同じ内容を繰り返して流していた。
モニターのニュース映像は俺にとっては、予期もしていなかったとんでもない代物だった。俺は、そのときにようやくそのことに気づいた。
ニュース映像の動画は、スタジオで、アナウンサーがニュースを読み上げて、やがて、そのニュースに関する動画をモニターは映し出した。
「ついに、地球に最後の日がやってきた。地球は、侵略者に食い尽くされてしまった。……」
都会のビル群が、パノラマの映像でモニターに映し出された。
パノラマの都会のビル群は、俺が知らぬ間に廃墟に代わってしまっていた。
パノラマの都会のビル群は、何かの排泄物に覆われていた。その排泄物の量は、膨大なもので、高層ビルでさえも、排泄物の中に沈んでいるという風情であった。また、ビル群の窓は、ことごとく破壊されていた。
「……」
「地球は、正体不明の鳥たちにより滅ぼされてしまいました。人類はついに終末を迎えてしまったのです。それにしても、地球を救う手立ては人類に残されていなかったのか?」
「……」
このニュース動画に、俺は戦慄した。
俺が知らぬ間に、地球が滅んでしまっていたのだ!
俺は、声を失ってしまった。俺は、平気を装おうと必死だった。
俺は、管理人の家族に対し、なんとか動揺を隠すことが出来た。
モニターのニュース動画は、終わりになろうとしていた。
モニターに映るスタジオにいたアナウンサーは、そこまで、見極めると足早にどこかに立ち去っていった。そして、それっきりモニターの画面は真っ暗になって、音も途絶えてしまった。
(以上は、地球最後のニュースを録画した動画であった)
* *
俺は、食事に招待してくれた管理人に聞いた。
「つまり、この地球は滅んでしまったと言うことことですか?」
「……」
それに、管理人は答えず、管理人の夫人が答えた。
「あなた、田辺金三さん、またの名をジェフさんとかおっしゃいましたよね。あんた、今度のことは、本当に残念でしたわね」
「あなたに期待する人は多かったのに。地球の人なら誰でもあなたの正体を知っていましたよ。そして、あなたこそが地球を救ってくれると最後まで信じて待っていたのです」
「しかし、地球は、こういう風に、ご覧になったように、滅んでしまいましたよ。あなたが、地球の侵略者に対して闘ってくれなかったのです。あなたは、肝心なときに姿をくらましてしまったのです」
「……」
「どうして、もう少し早く来れなかったのですか? 今頃、謝ってもらっても、だれもよろこびはしませんよ」
* *
管理人は、管理人夫人の言葉に込められた怒りの気持ちと、告発ぶりにぎょっとしてしまったが、そんなときにも、管理人の子供たちは、食事に夢中である。
ということで、管理人夫人の怒りはさておいて、この日の晩餐について、語っておこう。
* *
この日の晩餐のために用意されていたもの、ダイニングルームの大きな丸テーブルの上に乗っているのは、大きな鳥の丸焼きである。
この丸焼きになった鳥をよく見ると、それは、いわゆるチキンとは様子が違っている。この鳥を見て、俺は、俺のワンルームの部屋を占拠していた巨大な鳥を思い出した。
そして、大皿に盛られた煮卵の山。
このほかに、巨大な丸テーブルにのっていた山盛りの煮卵は、あの俺のワンルームを占拠していた鳥の産んだ卵に違いないと思えた。
俺は、あの日に管理人が俺のワンルームを占拠したとき、管理人が鳥の尻に腕を突っ込んだとき、こんな色の卵が垣間見えた気がした、そのときの感じが煮卵の卵に残っているような気がした。
この卵や肉は、侵略者の怪鳥と闘った人間が手に入れた戦利品と言うべきものだろう。
たしかに、たくさんの、大柄の煮卵が、山積みに大きな平皿の上に盛られていた。
* *
巨大な怪鳥の丸焼きと大皿に盛り上げられた煮卵。
管理人の一家は、これらの晩餐を晩餐を小皿に取り分けることはしなかった。というか、巨大な丸テーブルの食卓には、取り分けようの皿など用意されていなかった。
この晩餐の参加者は、自分の取り分を丸焼きから引きちぎって、直接、自分の口まで持って行き、口に詰め込んだ。
管理人の家族は、噛む前に、たいていは飲み込んでしまっていた。
管理人の一家の丸焼きや煮卵に対する食べ方からは、強い、やり場のない憎しみが感じられた。
丸焼きと煮卵を食べてしまうと、大皿に山盛りのフライドチキンが出された。
子供が、大きな塊のフライドチキンを手に取った。
子供が、食べ終わる前にもう一つフライドチキンの塊を食べようとする。
最後の煮卵に手で自分の口に詰め込む、少し口をもぐもぐやると十分に噛むことはなく、ゴクンと飲み込んだ。
子供は、フライドチキンに食いついて、噛みちぎった。その後は、噛むことなく飲み込んでいた。
* *
子供たちは、晩餐の途中から、リモコンを使って、モニターに映し出される動画をドンドンと変えていった。
子供用の教育動画。はやりのアニメ。大人向けの映画。なにかの討論番組。
子供たちが、リモコンでチャンネルを変えるスピードはドンドン速くなる。モニター映像がドンドンと変わっていく。
俺は、このモニターの映像がせわしなく代わるその様子は、こどもたちのいらだちを、また子供たちの未来に対する不安を表しているように思えた。
管理人の夫人の怒りのせいで、不穏な雰囲気に満ちた時間が過ぎていった。管理人の夫人の怒りは、子供たちにまで感染し始めた。
結局、管理人がなんとか俺を助けようとした。
管理人は、俺に代わって弁解してくれた。
管理人の地球が迎えた最後についての管理人の見解を示し、また、俺の事情についての弁護は次のようなものであった。
* *
「確かに、君が不在だったので、人類はこうなってしまった」
「我々は、自分たちの力で闘い、最高の防戦に努めたものの、我々だけの力では限界があった」
「あの鳥たちは、地球から吸収できるだけの養分を吸い取ってしまうと、新しい養分の採集のための次の星、次の土地に渡って(移動して)いった」
「あの鳥たちは、宇宙を養分を求めて渡りを繰り返しているのだ」
「宇宙を命の養分を求めて渡る怪鳥の群れである」
* *
管理人は、俺本人よりも、今度の事情を把握しているようだ。
「あなたは、そういう体験がないのかもしれないけど、しかし、俺はそんな体験をよく耳にするよ」
「あんたらは、宇宙の平和を守るために、あるときはこちらの銀河、またあるときには向こうの銀河というふうに移動するのが仕事というわけだ」
「そういう家業のものには、知らないうちに重大な病に冒されてしまっていると言うことが起こりえるのですよ」
「あんたたちが罹るそういう病の症状の一つに、人間で言う『ナルコレプシー』、つまり、過眠症の一種だと思わる症状があるらしい」
「ただ、この症状の人間の場合と違うところは、この症状が起きた場合には、あんたたちのその存在が失われてしまうと言うことなんだ」
「あんたたちはその症状で寝つくと、彼の存在はこの世界から失われるのだ。つまり、きちんと精神が機能していることによってあんたたちは、この世界に自分の存在をつなぎ止めていられるということなのだ」
「そういうわけで、あんたは、この過眠症の発作に襲われ、人類にとって一番大事なときに、あんたは姿を消してしまったのだ」
* *
このように俺のワンルームマンションの管理人は、俺のことをかばってくれたのだが、俺は食事が進むにつれて、とても不安な気持ちになってしまった。
というのは、この管理人や、その家族の食事のやり方。
よく言えば野性的な作法といえるのだが、何でも飲み込んでしまおうとするそのものの食べ方が、俺には、一種の鳥のやり方にそっくりに思えてきたからである。
fin