悪夢と目覚め
どうしたことだろう。
俺は、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
俺は、このマンションの集会所で目を覚ました。もうすでに夜が明けている。
俺は、反射的に時間を知ろうとした。集会所には、柱時計があって、それによるとすでに朝の十時を過ぎている。俺は慌てた。会社に遅刻してしまったと思った。しかし、すぐに今日が休日であることを思いだし、安心した。
安心したら、俺は、また布団に潜り込んでいた。布団の中で俺は寝ている間に見た夢について考えた。
俺は、夢でも俺は管理人をみた。
昨夜俺の部屋を占拠していた巨大な鳥を庇った管理人が俺の夢に現れた。俺の夢の中の管理人は、いつもの船乗りっぽい小さな布の帽子かぶっていた。そして、管理人はいつもの作業着姿であった。
夢の中の管理人にあらわれた姿は、俺を不安にさせた。
管理人は、住人を差し置いて、巨大な鳥に味方して、鳥を守ろうとした。その昨夜の管理人の不敵な態度が俺の頭にはあった。
そのせいか、眠りの中で、まとまったものではないが、いつのまにか俺は管理人について何かをぼんやり考えを巡らせていた。
そして、時が過ぎて行った。今、俺ははっきりと目覚めた。
俺は、集会室を眺めた。管理人が言ったように、集会所には布団が敷かれ、そこに、俺はその布団の中にいた。
休みの日とはいえ、いつまでも布団の中に止まっているのは許されず、起きなければならない時刻だったのだが、休日であることを知った俺は、もう一度気が緩み再び布団の中に潜り込んでしまった。
それは、俺の頭が、確かにどこかハッキリしないためだろう。あるいは、俺の頭は何かをはっきりさせたくないのかもしれない。
確かに、眠い、と俺は感じていた。しかし、一方で俺はどこか興奮して眠れなかった。夢の中にはもう戻れなかった。しかし、布団に入っても俺はマンションの管理人のことが離れなかった。
もちろん、俺はあの巨大な鳥のことも忘れてはいなかった。
朝になって、夢のようにも思われるが、あの巨大な鳥は現実だ。
俺の部屋が、昨夜、確かに巨大な鳥によって占拠されていた。
あの鳥は、今でも俺の部屋をまだ占拠しているだろう困ったことだ。俺は思った。
* *
ところで、俺のマンションの一室を占拠した巨大な鳥や、管理人で始まった俺の話をさらに進める前に、ひとまず、俺は自己紹介をやりたい。
自己紹介というのは、いかにも唐突である。
しかし、考えて見れば、この物語で、話が進みつつあるにもかかわらず、少しも俺の紹介がなされていない。
物語の主人公である「俺」が、どういうやつなのか全然情報がないのは、読者には困ったことに違いない。
だから、ここいらで、読者に少しばかり俺のことを知ってもらう。
この物語はたいして、長いものではないだろうが、俺のことについて何も語らずにこの話を進めていくのは、ここらが限界だ。
だから、唐突であるが、俺の自己紹介を始めよう。
俺は、世界において、とある使命を果たすために、遠い星々の世界から、この地球に使わされたそういう者である。
そして、俺の名前は地球では田辺金三という。
田辺金三という名前、どういうものか、俺にはよくわからん。しかし、俺の使命には、この田辺金三という名前は欠かせない大事な名前であるという。
しかし、普段、人は俺のことをジェフと呼ぶ。
ジェフという名前、それが、俺の地球の友が俺に付けてくれた「あだ名」というやつだ。
俺には、この地球において、やがては果たさなければならない重大な使命というものがある。この使命のために俺は、地球に派遣されてきた。
しかし、今のところは、普通の地球人がやるように、もっぱら普通に会社に勤めて、この星において、生存に不可欠な金というものを稼いでいる。
しかしながら、俺は、昨日の夜、最初に俺が話したように、巨大な鳥がからむ出来事に巻き込まれた。
これは、俺が、予期しなかったような事件に巻き込まれつつあると言うことの予兆ではないだろうか。
それは、別の意味で困ったことである。
俺には、この地球という惑星においてなすべき仕事がある。俺は、現在のところでは、その大事な仕事は始まっていない。
そこで、俺は、普通の地球人になりすまして、仮の人間として会社に通い、毎日を過ごしている。
しかし、俺は地球にやってきた俺の使命については、会社勤めしながらも、一時も忘れたことはない。
正直に言うと、俺は、俺の使命のために心を整え、体調を整え、この使命にたずさわるほかの仲間たちと情報を交換するために連絡を取り合うことを常に心がけている。
このような地球人としての仮の暮らしと、使命感この間の二重の生活というのは、俺にとってはかなりの負担になっている。
その上に、昨夜には俺にとって、さらなるやっかい事の火だねとして、俺の目の前に、あの巨大な鳥と管理人が飛び込んできたのである。
* *
それは、当たりそうな手応えを感じる予感であった。
昨日の夜、俺の前に、巨大な鳥のほか、さらに俺をひどく不安にさせる、もうひとつのやっかい事をあの管理人はもたらしてきたのだ。
そうだ、そんな具合に昨日の夢の中で、巨大な鳥よりもむしろ俺はあの管理人について考えていたようだ。
昨夜の管理人には、何か不思議な雰囲気が備わっていた。
昨晩まで、管理人の納得のいかない管理人の振る舞いに驚かされた。それまで、うかつにも管理人のことを正直で人の良い普通のおっちゃんと考えていた。
俺は、この管理人とずっと前から、接触があった。しかし、俺は管理人が醸し出す強烈な違和感にこれまでそれに気づいていなかったのだ。
長い間このマンションで暮らしていて、朝や、マンションに会社から帰ってくると、管理人に顔を合わせたりすると、普通に挨拶した。
そういう具合に、この管理人に俺は接していたのだが、俺は、なにかの異様な力とかオーラとか、管理人から感じることはなかった。
俺の方からはなにか意に介する必要を感じない平凡なひと。管理人はそんな存在であった。
しかし、俺の部屋に入り込んだあの巨大な化け物鳥に対する、管理人のあの親げな態度はどういうことだ。
管理人は、あの巨大な鳥に、飼い慣らしたペットの子犬にでも接するかのように接していた。
あの管理人が、あの化け物鳥を操って、なにかとんでもないことを企んでいるのではないだろうな、と俺は思ったほどだ。
あの管理人、善良で、平凡な仮面をかぶった悪意の存在だったりするかもしれないぞ。
ああ、俺は、あのおぞましい場面を思い出した。
俺のワンルームマンションのあの巨大な化け物鳥の尻に、あの管理人は自分の腕全体を突っ込んでいた。
その腕を突っ込んでいる管理人の腕が、俺の頭に蘇ってきた。
あの管理人は、全体を鳥の体液がベットリとおおった腕をこちらに向けてきたのだ。
管理人の腕全体を覆う鳥の体液からは湯気が立ち上っていた。
その湯気とともに、体液の匂いが俺の鼻に届いた。
それは、なんとも言えない匂いではあったが俺の予想とは違って、悪い匂いではなかった。
そうだ、あの異様な光景のためか、俺にはそれ以降の記憶がない。それ以降の昨日の晩のことは何も覚えていないのだ。