表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/6

第2章【初等部編】2-2

 パーティ:行動をともにする仲間。


(うん、この世界で成功するなら、まずは仲間づくりよね!)

 リンは、授業を聞き流しながら、作戦を練っていた。入学して数日。どの授業もやはり内容は小学校レベルで、特段ついていくのに支障はない。地理学や政治学はこの世界特有のものであるから、しっかり受ける必要がありそうだが、算術などはもとの世界の方が進んでいたので、何もせずとも問題なさそうだった。


 目下の課題は、仲間ーーもとい友達づくりであった。

 学校生活を送るにあたって、友人がいた方がいいというのもあるが、リンの最終目標はこの世界でキャリア街道をひた走ること。そしてそれは、今のこの世界の価値観ではとても難しいことだとリンは理解していた。


(だからって、どこの誰ともわからない輩と結婚して、一生家庭に入るなんてごめんなのよーー!)

 ノース・アウセン学園には、北部の貴族坊ちゃんがぞろぞろと集まってくる。ここで有益なコネクションをつくっておけば、将来起業するときに間違いなく有利に働くだろう。何より、男尊女卑のこの世界で、女性としてキャリアを築き上げるためには、リンの価値観を理解し支えてくれる仲間が必要不可欠だった。現在、リンのことを理解し支えてくれているのは、父とヒイラギくらいのものだった。


(あと最低2~3人は味方がほしいところね。味方は何人いても困らないけれど、特に自分と親しい仲間はそれくらいで十分。とすると、あとは人選か……)

 ぶつぶつと戦略と練っていると、リン、と声をかけられた。


「あらヒイラギ、どうしたの」

「うん、次教室移動だよ。一緒にいこう」

「あ、そうだったわね。ええ、行きましょう」


 学園では、案の定遠巻きにされていた。領主の娘とはいえ、単身で学園に乗り込んでくるような女だ。誰も関わり合いになりたくないらしく、ヒイラギ以外が声をかけてくることもなかった。


「おい! フォスター!」

 と、突然後ろから声をかけられて、リンは立ち止まる。

(……ああ、1人だけ例外がいたわね)


「……何の御用でしょう、ダイチ様?」

 振り返ると、そこには仁王立ちしたブロンドヘアの男の子が立っていた。周りに数人の取り巻きを引き連れており、いかにもといったガキ大将だ。


「ここは俺がいまから通ろうと思っていたんだ! 女は道を開けるのが道理だろう!」

 ダイチはフォスター家に次ぐ北部の貴族、ランカスター家の次男だ。見たところ、よほど甘やかされて育ってきたようで、自分が王様、リンに対する蔑みを隠そうともしない。

 ヒイラギが横でぼそっと「……しねばいいのに」とつぶやいた気がするが、気のせいだろう。かわいいヒイラギがそんなことを言うはずがない。


「なぜ女子が男子に道をゆずらなきゃいけないんです?」

 リンはしらーっと言い返した。大人気ないとは思ったが、ここで価値観を叩き直すことが、私の将来につながるかもしれない。

「お父さまとお母さまが、女は男を支えるものだと言っていたんだ! 女は男より前に出てはならないんだぞ。フォスター家のくせに、そんなことも知らないのか?」


(ああ、こんな輩、前世でもいたわね……)

 リンは大学時代の友人の話を思い出した。彼女はいわゆる箱入りのお嬢様で、大学でもおっとりした性格で、男性陣からも人気を集めていた。卒業後、早々にサークルの同期と結婚したのだが、その旦那が典型的な亭主関白だったのだ。彼女は寿退社していたため復職もできず、家事をこなしつつ、仕事帰りの旦那のお世話をしていた。一度だけ、同窓会に顔を出したことがあったが、寂しそうに「凛みたいに働いてみたかったな」と笑っていたのを覚えている。


「ダイチ様?」

 リンはにっこり笑って、ダイチの前に進み出た。この根性はいま叩き直しておかねば、手遅れになる。


「女が男を支えるなんて、いったい誰が決めたんです? ダイチ様は、お父上とお母上の言うことはなんでも真に受けるおばかさんなのですか?」

「な、なんだと! 貴様、父上と母上をばかにしたら許さんぞ!」

「お父上とお母上のことはばかにしておりません。そういった価値観で育ってきたのですから、まあ仕方のない面もあるでしょう。おばかさんなのはあなたですわ、ダイチ様。与えられた情報をそのまま鵜呑みにし、思考を放棄する人のことをおばかさんと言うのですよ」


 ダイチは傍目からみてもはっきりわかるほどに顔を真っ赤にして、怒りに震えた。

「お、お、お前。フォスター家だからって調子にのるなよ!」

「調子になんて乗っていません。事実です。……ご納得いただけないようですので、ここはひとつ、勝負をいたしませんか?」

「勝負だと?」

「ええ。ダイチ様は、女子は男子よりも能力的に劣っているから、女子は男子を支えるべきだというお考えなのですよね。でしたら、本当に女子が男子よりも劣っているのかどうか、手っ取り早く、勝負で決めましょう。そうですねえ」


 リンはしばし思案し、こう提案した。

「次の授業、科目は算術ですわね。どうでしょう、先生に課題を出してもらい、3分間でより多く解けた方の勝ちというのは?」

「ふん、いいだろう。俺は家庭教師からすでに初等部3年までの算術は学んでいる。お前なんかに負けるわけがない!」


 ーー勝った。

 リンはほくそ笑んだ。初等部3年? あらまあ、素晴らしいですこと。私は大学レベルまで終わっているけれど。

「勝負、成立ですわね。ではまいりましょう」


 結果は、リンの圧勝だった。

 算術の問題は小学校レベルのものばかりだった。ダイチはたしかに、この年にしては賢く、計算スピードも正確性もなかなかだった。しかし、前世でバリキャリとして活躍していたリンにとって、こんなものはお遊びにすぎなかった。1問あたり5秒もかからずにすさまじいスピードで解いていくリンを、クラスメイトも教師も、あっけにとられてみていた。

 ダイチはというと、一瞬リンのスピードにひるんだものの、負けるものかと自分の問題に挑んでいた。それでも結果は歴然で、終わったあと放心状態だった。


「ダイチ様、私の勝ちです。前言撤回していただけますね?」

ダイチはぴくりと肩を動かす。そして泣きそうに顔をゆがめて

「……わかった」

 というと、教室を飛び出してしまった。


(あらら、やりすぎたかな)

 リンは少しの罪悪感にさいなまれた。自分の能力は完全にチートだし、いくら根性をたたきなおすためとはいえ、これではあまりにダイチがかわいそうかもしれない。


「すみません先生、私も少し抜けますので、授業を続行してください」

 リンはそう言うと、ダイチのあとを追いかけた。



 ダイチは庭園のすみっこで、膝をかかえていた。特徴的なブロンドヘアをみつけると、そっと後ろから声をかけた。

「ダイチ様?」

 するとダイチは小さな肩をびくっとさせ、そのままこちらを向かずにうずくまっていた。

 そーっと回り込むと、ダイチは顔をぐしゃぐしゃにして泣いていた。


「な…‥っ、なんだ、お前、俺をばかにしにきたのか!」

 ふしゃーっと手負いの猫のように威嚇するダイチをみて、リンはくすりと笑ってしまった。強がっていてもまだ子ども。少しくらい慰めたっていいだろう。


「いいえ、ダイチ様が心配で。隣に失礼しても?」

 そういうと、返事を待たずにダイチの隣にちょこんと座りこんだ。授業中だからか、あたりは静かで、さわさわという木と風の音しか聞こえない。あとはダイチのしゃくり声。

 ダイチは泣くまいとこらえようとするのだが、どうしても無理なようで、大粒の涙がぽろぽろと大きな瞳から零れ落ちた。


「ねえダイチ様、これからは女子だからって理由だけで、見下すのはやめていただけませんか?」

「……」

「私、これでもですね、自分がちょっと浮いてるなー変なことをしているなーっていうのはわかってるんですよ。女の子は修道院に入って、いい旦那さんを見つけて、それで幸せっていう考え方もありだと思っているんです。でも、そうじゃない生き方も認めてほしいなってだけなんですよね」


 まだ小さいダイチに全てが理解できるとは思えない。それでも、前世で思っていたこととも相まって、ぽつりぽつりと言葉が零れ落ちる。

「私、働きたいんです。旦那さまを見つけてお支えするっていうのも理解できます。でも、そうじゃなくって、男とか女とか関係なく、やりたいことを見つけてやれたら、それはそれですごく素敵だと思うんですよね」


 静かな声で続けるリンに、まだしゃくり声をあげながら、ダイチは言い返した。

「そ、それでも、決められた役割があるって、お父さまとお母さまが言ってた。お兄さまはお家を継ぐから、俺はお兄さまをお支えしなきゃならない。それが俺の役割で、俺のおくさんになる人は、そんな俺を支えるのが役割だって」


 これはかなり洗脳……もとい教育が進められてしまっている。リンはうーん、と言って続ける。

「それはダイチ様のお父上とお母上のお考えですよね? ダイチ様がたまたま次男に生まれたからって、お兄さまを支えなければならないなんて、ちょっとおかしな気がしません?」

「お、おかしい?」

「はい。もしダイチ様がお家を継ぎたければ、それに向けて戦略を練ればいいんです。もし他のことがやりたければ、それをやればいいんです。大事なのは、ダイチ様が何をして、どう生きたいかだと思います」

「俺が、何をしたいか……」

 ダイチは黙り込んでしまった。


「今すぐじゃなくてもいいんです。ダイチ様はまだお若いんですから、これからじっくり考えていけばいいんです」

 でも、と続ける。

「やりたいことを考えるときに、自分は次男だからとか、そういう枷はいったん外して考えましょう。そうじゃないと、どんどん息苦しくなります。それと同じで、私のことも、女だからとか関係なく、リン・フォスターとして見てほしいだけなんです」

 ダイチが顔をあげる。その顔をみて、リンはにこっと笑った。


「ダイチ様には才能があります。先ほどは勝負だったので本気を出しましたが、ダイチ様だってこの年にしては十分な能力をお持ちです。それに、私に話しかけてくれましたよね。悪態でしたけど、ほかのみんなのように無視するのではなくて、ちゃんと存在しているって認めてくれましたよね。それが案外、私嬉しかったみたいです」

 リンはすくっと立ち上がる。


「だから、女だから、次男だからっていう理由で色々なものが見えなくなっているのがとてももったいないなって思うんですよね。ダイチ様はこんなに素敵なんですから、もっともっと世界を広くみてほしいです」

「……俺でも、やりたいことを考えていいのかな」

 ぽつりとダイチは言った。きっとこのお坊ちゃんは、自分が長兄に対して我慢しているのに、リンが我慢せずにやりたいことを貫いているのが、悔しくてもどかしくて、そんなやり場のない気持ちをリンにぶつけてきたのだろう。


「ええ、もちろんです。せっかく同じ学園に入れたのですから、これから一緒に考えていきましょう?」

 そう言って手をのばすと、ダイチはおずおずとリンの手をとった。


 ――のちに、リン・フォスターのよきビジネスパートナーとなるダイチ・ランカスターは、このときのことを振り返る。リン・フォスターとの出会いは、自分にとって爆弾だった。そのまま長兄を支え、婚約者をめとるはずだった自分の人生は、彼女との出会いによって狂わされた、と。そう語るダイチ・ランカスターの顔は、その言葉とは裏腹に、愛しいものを見つめるような、照れ臭そうな笑顔だったという。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ