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第1章【きっかけ編】1-2

「まず、現状を整理しましょう。

 お父さまがお困りなのは、我が国の主要産業である特産品ーー具体的には織物ですわねーーがここ数ヶ月、東西南のどこからも仕入れがされなくなったことで、我が領地の収入が激減していることです。

 私たちの最終目標は、領地の収入を元の水準まで引き上げることで、今後も継続して領民が生活していけるだけの収入を得ること。ここまでよろしいでしょうか?」


「そんなことはわかっている」

「現状と目標を正しく把握することは問題解決の第一歩ですわ、お父さま。次にビジネスモデルですがーー」

「びじねすもでる?」


 父が胡乱げな顔をする。しまった、この世界ではビジネスモデルという言葉はないのか。この分じゃサプライチェーンとか販売チャネルとか言っても通じないわね。こほん、と咳払いをして、リンは続ける。

 

「ええと、誰から材料を仕入れて、どんな商品を作って、誰に売っているかという一連の流れのことですわ。

 まず『誰から』ですが、織物の原材料である絹は、西地方から一括で輸入しています。我が北地方ではほとんど農作物がとれないので、西からの輸入頼みということでしょう。


 次に『どんな商品を』ですが、私たちの織物は1種類のみーー伝統的な北部の模様を織り込んだ絹の絨毯ですわね。この模様は北部職人一家に伝わる秘伝のもので、非常に人気が高く、高価であっても各地の商人がこぞって買いに来ていました。


 最後に『誰に』ですが、これは東西南の商人に卸売りして、彼らが各地で主に貴族向けに売り捌くという構造になっています」

 

 ここでリンはチラリと父の顔を見る。父は疲れた顔はしているものの、続けろ、といった様子でこちらをじっと見ている。父は愛妻家で娘にも甘いが、その商才は折り紙付きだ。時間の無駄だと思ったなら、たとえ娘であってもやんわりと遮るはずだ。ということは、このまま続けても良いということだろう。

 リンはそう解釈し、息を整えて続ける。残り3分。

 

「さて、先ほど申し上げた通り、今の問題は、競争相手ーーここでは南のことですがーーの出現によって、我が国の織物が売れなくなったことです。

 ではなぜ、長いお付き合いのあった西まで、今までの関係を絶ってでも、南の商品を仕入れるようになったのでしょうか?


 単純に目新しいものに引かれているだけ? いいえ、であれば私たちからの仕入れを一切断つことはしないでしょう。

 政治的な圧力によるもの? いいえ、帝国は商業に関してはあくまで中立。新しい規制や補助金政策が始まったというお話は聞きません。

 では単に安いから? いいえ、もともと私たちのお客さまは貴族。多少高価であっても、もともと知名度が高く、質の良い私たちの商品を好むでしょう」

 

「では原因は何だと?」

 父は私を見た。数分前とは異なり、対等な商売相手を見る目だ。そして見定めようとしている目だ。私もまっすぐに父を見返した。

 

「簡単です。南が私たちの商品を買わないように、お客さまに仕掛けをしているのです」

「なんだと?」

 父は思わずといった様子で、身を乗り出した。


「馬鹿な、そんなことできるはずがない。特に西の商人とは長年の付き合いだ。新興の南が何かをいきなり仕掛けられるとは思えん」

「ええ、もちろん、それだけではございません。きちんと商品を作った上で、綿密に戦略を練っているのですよ」


 ところで、と私は首をかしげた。

「ところでお父さま、マーケティング戦略ってご存知?」

「マ、? なんだそれは」

 

 やはり、と私はため息をついた。おそらくこの異世界、前世でいうところの中世に近い。マーケティング戦略どころか、とりあえずいい商品をつくれば売れるだろうという発想のもとで、コスト計算も何もせずに今までやってきたのだろう。

 マーケットを独占できている状況ーーフォスター領のみが美しい織物を作れている状況のことだがーーであれば、それでよかったかもしれない。しかし、南が競争市場に参入してきた以上、根本的な考え方を変えなければならない。

 

「いいですか、お父さま。これまで私たちは高価な織物を貴族の方々に売ってきました。これが成り立っていたのは、市場に他の代替物が存在しなかったからです。だからこそ、どんなに高価でも、需要はなくならなかったのです」

 

 しかし、である。

 

「ですが、南の参入により、状況は一変しています。南に出入りしている我が家の使用人に話を聞きました。先ほどのビジネスモ…流れに沿って考えると、南の戦略はこうです。


 まず『誰から』ですが、南はもともと農業が盛んで、自分たちの土地で原材料を調達できます。これはコストーー仲介業者の中抜きや配送料ですわねーーの面から非常に有利ですし、何より自分たちの土地ですから、安定して材料を得ることができます。


 次に『どんな商品を』ですが、私たちの特産品と非常によく似た模様を使用しています。職人は門外不出の技術というわけではなく、市井から広く集めているようです。もちろん細部は異なりますが、一般のお客さまからしたら気にならない程度でしょう。そして何より、原材料コストを抑えて、そして大量生産を行っている分、価格が私たちの特産品の約半分に抑えられています。


 最後に『誰に』です。これが南の最大の仕掛けです。お父さまの言う通り、我々と親交のある西は、そう簡単に私たちとの契約は打ち切らないでしょう。しかしながら、南はおそらく、こう持ちかけているはずです。ーー私たちから仕入れるのをやめ、織物の購入を南に一本化すれば、西から原材料を全て買う契約をする、と」

 

父は目を見開いた。

「そんなーーそんな馬鹿な話があるか! その話でいけば、南は自分たちの領地から十分な原材料をとれるし、それが低価格な商品を提供できる理由の1つのはずだ、西から原材料を輸入するメリットがない」

 

 ふむ、やはり父は阿呆ではない。リンはええ、と頷く。

「おっしゃる通りですわ。南が今の規模感を守るつもりなら、ですが」

「どういうことだ?」

「つまりですね、南は我々を叩き潰して、織物産業の覇権をこの帝国内で築き上げようとしているのです。もし西が、南に全て原材料を輸出するとしましょう。その場合、我々はどうなるでしょう?」

 

 父は一瞬考え、そしてさっと青ざめる。

「それは……それは、我々の産業が潰れるということか」

 リンはええ、と頷く。


「その通りです。土地柄、作物が育ちにくい私たちの土地では、西からの原材料がなければ、織物を作ることができない。一方で、南は自分たちで原材料をつくるほかに、西からも輸入することで、万が一不作に陥ったときのリスク分散ができている。それに大量生産をしているのであれば、多少原材料コストが上がったところで、大きな影響はないでしょう。もしかしたら、西に工場を作ってそこで織物を作るということも、将来的にはありうるかもしれません。


 つまり、南は西との契約ーー織物の購入を南からに一元化する代わりに、西の作物を全て買うという契約ーーをすることで、最大の商売敵である我々をつぶし、大きなお客さまを獲得し、さらには将来的な原材料リスクも分散させるという、一石三鳥の戦略を練っているのです」

 

 父は、力が抜けたように椅子にもたれかかかった。私はチラリと時計を見る。あと1分。ふむ、ちょっと駆け足だけれどまとめにかかりましょうか。

 

「これらを踏まえた私からの提案は3つですわ。

 1つ、まず西との会談の場を早急に設けること。できれば部下の方ではなくて、お父さまが直々に出向かれるのが良いと思います。西との関係は私たちの方が長い、これは明確なアドバンテージです。南との契約を正式に結ばれる前に、西との意見交換の場を早々に設けて、私たちとの交渉の方が有利だと示すのです。


 2つ、西に私たちとの契約の方が有利だと思わせる方法ですが、やはりブランドネームでしょう。私たちの織物は非常に貴重です。南の模様がいくら私たちのものと似ていても、所詮は偽物。大量生産をすれば、いずれその価値は下がります。そのことを長期的な視座で西に教えるのです。そして南が結ぼうとしていた契約を、我々が先に結んでしまいましょう。西にとっては、新興勢力の南よりも我々の方が信用が置けるはず。であれば、よほど破格の金額を南から提示されない限り、似た契約内容であれば我々を選ぶでしょうし、新興勢力の南にそこまで破格の金額を提示できるだけの資金力があるとも思えません。今がチャンスです。


 そして最後に、私たちもリスク分散をすべきです。たしかに織物産業は私たちの主要産業です。ですが今回のように、万が一何かあったときに1つの産業に頼りきっていては、冬すら越せないといった危機に陥りやすくなります。主軸は織物産業にしつつ、他の産業、たとえば鉄鋼業や観光業などにも力を入れて、徐々に収入源を分散するのが良いでしょう」

 

 一息で話し、ふうっと息をつく。お父さまを見ると、難しい顔をして考え込んでいたが、目をつむると、パン!と膝を打った。

 

「まだ不明なところはあるが、一理ある。西との会合を早急に設けよう」

 

 リンはにっと笑った。クライアントに自分の提案を認めてもらったときの快感はやはり格別だ。今日はホットミルクが美味しく飲めそうだ。前世だったらビールなんだけど。

 

「リン」

「なあに、お父さま」

 私はわざとらしく子どもらしい声を出す。しまった、ちょっとやり過ぎたかもしれない。気味悪がられるだろうか。

 

「その、なんだ。お前がここまで考えのできる子どもだとは思わなかった。正直今も混乱している。だが今は時間がない。あとで話そう」


 思った以上に真摯な父の言葉に目をまんまるくする。そしてリンはいたずらっぽく微笑んだ。

「私、こういうの得意みたいなの。どうかしら、学校に行かせてはくれない?」

 

 これが、リンの異世界でのキャリア街道の第一歩であった。

 齢6歳にして的確な分析を行い、フォスター領の危機を見事に救ったリンは、父の説得に成功し、翌年から学校に行くことを特別に許される。


 それは、女子は家庭に入るもの、貞淑たれーーという古めかしい価値観を保った世界で、歴史的な出来事だった。幼子とは思えない知識、言葉遣い、考え方をするリンがこの世界でつぶれなかったのは、ひとえにこの時の経験を忘れなかった父の理解があってこそである。リンは父という最大の味方を手に入れ、この後の人生を歩んでいくことになる。

次回以降、学園編に続きます。

世界初の女子として学園に通うことになったリンが、学園の中で教師やら同級生やらと対等に渡り歩くために、どう戦略を練っていくのでしょうか?

ヒイラギくんも登場します。

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