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第1章【きっかけ編】1-1 お父さま、マーケティング戦略ってご存知?

 女子は学校に行けないという衝撃の事実に直面してから1か月。我がフォスター家は、より大きな危機に直面していた。

 私の現・両親、フォスター夫妻は、この異世界ではちょっとした小金持ちである。父親のフォスター卿は、もともと商家出身の後継である。とはいっても、広大な帝国の北の端に領地を持っているいわゆる地方貴族のため、そこまで高い地位にいるわけではない。それでも、フォスター領内において、特産品の織物と工芸品を中心に商才を発揮し、裕福に暮らすには十分なお金を稼いでいたのである。

 

 ところが。

「おい、西の商人はまだ来ないのか!?」

「そ、それが、南の領地で美しい反物がつくられ始めたとかで、我々からの購入は見送りにすると……」

「馬鹿な! 彼らと何年付き合っていると思っている! そもそも南でそんな反物が造られ始めたなんて、聞いていないぞ! あそこはもともと農耕が盛んで、織物に必要な職人なぞいないはずだろう!」

「我々にも何が何だか……とにかく美しいって評判で」

「くそっ、特産品を輸出できなければ、我々の収入はほとんどない……おそらく冬は越せなくなるぞ」

 

 リンが6歳になった冬。それは突然起こった。

 帝国は大まかに、東西南北の4つの地域に分かれているのだが、南の地域で、新しく反物が造られるようになり、南はもちろん、今まで取引のあった東西の商人も北の織物を買わなくなったのである。

 

「リンのお父さま、大変そうだね」

 幼なじみのヒイラギが声をかけた。ヒイラギは父親の古馴染みの息子で、いわゆる家族ぐるみのお付き合いというものをしていた。端正な顔立ちで、小さい頃から兄妹同然で育ったので、気の置けない仲だ。前世で一人っ子だったリンとしては、ヒイラギの存在は、本音を話せるという点で、とても救いになっていた。もちろん前世云々の話はしないけれど。


「そうね、南の地方で新しい商品が造られたそうだから、お客さんをとられないようにしなきゃいけないんだと思うわ」

「ふうん。僕はよくわからないけど、リンのお父さまが大変になって、リンといっしょにいられなくなるのはいやだな」


 あら、かわいい。

 ぷうっと頬を膨らませるヒイラギに、母性本能がくすぐられ、思わずぎゅっと抱きつく。


「だいじょうぶよ、いざとなったら私がなんとかするもの!」

「リンは女の子でしょう? 女の子はおうちを守って、お父さまを支えるんだよ」

「いいえ、それはちがうのよヒイラギ。たしかに今はそういう女の人が多いかもしれないけれど、女の子だってやりたいことができるのよ」

「リンのやりたいことってなに?」


 そうねえ、と私は首をかしげた。

「とりあえずは、ヒイラギと一緒にいられるように、お父さまのお仕事を成功させることかしら?」


 ついでに、お父さまのことを説得できるかもしれないし。私はふふっと微笑むと、地下の書庫室に向かった。

 

 ◇

 

 書庫室には、フォスター領の産業、帝国全体の産業構造、そして東西南北の地方の特性についてまとめられた本が山のように保存されていた。

 前世コンサルタントスキル、データ処理発動。

 全てに目を通す時間はない。リンは、過去3年の資料の中で、収支構造、そして収益に直結すると見られる情報をピックアップしてさっと目を通した。コンサルタントとしての基本スキルである。

 

「リン、文字が読めるの?」

「ええ、読書も計算もできるのは早い方が良いのよ」

 ヒイラギと会話しながらも、ものすごいスピードで情報を頭に叩き込んでいく。

 

(南はもともと農業が盛んだった……織物の原材料がほぼノーコストで仕入れられるから、織物の価格がうちよりも安いのね。ここはかなり痛手だわ。あとはうちの産業構造……特産品に頼りすぎてる。お父さまの言う通り、特産品の売上がなくなれば、冬を越せるかも怪しい……これではリスキーすぎる)

 

 情報を頭に入れながら、同時に解決策も練り上げていく。バリキャリ時代に培ったスキルをフル稼働し、久しぶりにワクワクするものを感じた。

 

 (ああ、そうそう、すっかりこの感じを忘れていたわ。のんびり令嬢ライフも悪くはないけれど、自分はこの方が性に合ってるのよね)

 

「リン、なんだか楽しそうだね」

「ふふ、わかる? ヒイラギにお姉ちゃんの格好いいところを見せてあげるわ!」

 

 ……僕が下なの?とヒイラギが拗ねたようにぼそっとつぶやいたが、リンの耳には届いていなかった。ちなみに、ヒイラギは、この異世界では異端児すぎるリンの数少ない理解者として、後に婚約者候補になるのだが、このときの2人はそんなことは知る由もない。

 

 ◇

 

 翌朝。リンは父、フォスター卿の書斎のドアをそっとノックした。

 普段であれば、リンを見た瞬間に破顔し、すぐに愛娘を抱き上げるのだが、火の車である今はそんな余裕はなく、幼いリンでも感じ取れるほど、部屋の中はピリついていた。

 

「お父さま、少しお話が……」

「ああ、リンか。今は忙しいから、後にしなさい」

「でも大事なお話が……」

「いいから後にしなさい!」

 

 普段聞いたこともないような声を荒げる父親に一瞬でビクッとなる。周りの部下たちも、気まずそうに私をみるか、苛立った様子で足踏みをしている。


(そりゃ、こんなときに子どもの話なんか聞いていられないわよね……)

 私はよくわかる、と思いながらも、顎をぐっと引いて、背筋を伸ばし、お腹にきゅっと力を入れた。

 

「お父さま、聞いて。今南の特産品のせいで、私たちの織物が売れなくなっていることはわかっているわ。書庫の本を一通り読んだの。その上で、いくつか解決策を考えたの。5分だけ、時間をくれないかしら」

 父は、一瞬動きを止めた。


「お前……そんなこと子どもが考えることじゃない。いいからお父さまに任せて、お前は部屋に戻りなさい」

「いやよ! どうにもならないから、お父さまは毎日毎日夜までお仕事なさってるんでしょう?」

「女子どもが出る幕じゃない!」

 

 その言葉にリンはカチンときた。ーーそのセリフは、前世で上司に散々言われた。

「女子どもだからと言って、良いアイデアを殺すのは、経営者失格よ。私が年上のおじさんだったら? お父さまのお父さまだったら? お話を聞くのかしら? 同じお話なのに女子どもだからって最初から話を聞かないなんて、間違ってるわ」

 

 自分でも、年不相応で気味が悪いと思う。でも言わずにはいられなかった。父は一瞬ギョッとしたあと、これ以上言い争うより話を聞いた方が早いと判断したのか、こう言った。

「わかった、5分だけだ。5分だけ経ったら自分の部屋に戻りなさい。ーーおいお前たち、すまないが5分休憩をとってくれ」


 部下たちは深くため息をつき、散り散りになった。父も、目頭を押さえて、ふーっと息を吐いて、椅子に腰掛けた。休憩がてら話を聞いたフリでもするつもりなのだろう。

 

 ーー十分だ。

 前世でも、女だから若いからと舐めてくる経営者相手に、何度もプレゼンをした。リンは深く呼吸をし、まっすぐに父を見つめ、口を開いた。

読んでくださり、ありがとうございます。

もし感想などあれば、いただけるととても嬉しいです。

引き続き、よろしくお願いします。

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