墓と灰色
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
こーちゃんの好きな色って、なに?
僕は灰色が好きなんだけど、周りの人にとっちゃ少数派らしい。みんな暖色系か、寒色系に振れちゃってさ。無彩色が好きって話すと、妙な顔をされるんだよね。
灰色が好きになった理由はいろいろ考えられるけど、小さいころに出会った「ホワイト効果」がでかいと思う。
あの、黒にはさまれた灰色は、より明るく。逆に白にはさまれた灰色は、より暗く見えるようになるって効果だ。子供心に不思議なことだと思って、すごく印象に残っている。
俗に白は光、黒は闇のイメージを持たれやすい。その間に立つ灰色は、両者が合わさったポジションで、ややもするとロマンある「合体」をしたように感じる。これもまた、子供の目に魅力的に映った。
その「灰色」の使い方は、昔からも様々にあるようでね。僕の聞いたことがある昔話なんだけど、聞いてみないかい?
むかしむかし。墓暴きの魅力に取りつかれた男がいたという。
昼間は仕事をし、月などが出ていない夜半は、人の目から隠れるようにして、主に豪族や金持ちで知られた一族の墓を、掘り返していたという。
副葬品が目当てだったらしい。男の住まう地域では、いまだ土葬が主流で、地位の高い者が亡くなると生前の愛用品を、ともに埋葬することが多かった。
それらをいただいて、足のつきづらい商人のもとへ持っていき、売り払う。男は普段、財布のひもをきつめに縛って生活していたものの、思わぬ出費がかさんで勘定が足りなくなると、まだ行ったことのない墓へと足を運んでいた。
――まだ使える道具を、文字通り「死蔵」するなど、もったいないことこの上ない。それに、一緒に道具をしまわれて、死者が喜んでいるさまだって見たことがない。
道具は使い倒されるために生まれたのであって、それが暗い闇の中で眠り続けるのは、正しい姿じゃないだろう。だからこうして光の当たる場所へ、連れ出してやるんだ。
何度か同業と手を組んだとき、彼はそう漏らしたらしい。
その彼の耳に、国境で新しく発見された遺跡群の情報が入った。
かつての集落の存在をにおわす、遺構や食べ物のゴミなどがいくつか見つかり、ちかぢか本格的な調査が始められるとのこと。
――その調査に先んずれば、あるいはこれまで以上の掘り出し物に出会えるかもしれない。
そう考えた彼は、仕事でまとまった休みが取れたこともあり、すぐさま支度を整えて現地へ飛んだ。
見つかった遺跡群は平野部を中心に広がっていたが、彼はそこへ足を向けなかった。やや離れた山の中へ、間に合わせの寝床を作り、近辺を掘り返し出したんだ。
他の場所はどうか知らないが、彼の住まう地域では、平地よりも高いところに権力者は自らを葬る傾向にあった。
古墳をはじめとする墓と伝わるものは、あくまで権威を示すための見栄。そして盗掘者をおびき寄せるエサだ。
中身は遺体を含め、たいしたものは残っていないことがほとんど。もっとも、先に入った者によって、すでに荒らされた後という可能性もある。
だが男は一度、自らの判断で大山を当てたことがあり、それ以来、この経験を頼りに嗅覚を養っていたんだ。
数日間の捜索の末、男はいよいよ怪しい地点の目星をつける。
周囲の木々に混じって、違う樹種の若木が1本生えていたんだ。手製の地図に印をつけ、今度は方向を変えながら歩いて、一方につき1本ずつ。東西南北の合計4本のみ、その樹種は植わっていたんだ。
明らかに人の手で、後天的に植えられたもの。地図を頼りに4点からそれぞれ向かい合う方角へ線を伸ばし、交わらせる。
そこは開けた野原になっていて、大人数人分を持って囲える大きさの岩が、ごろごろ転がっていた。
男はそれらの石の下に、先をとがらせた細い丸太を差し入れ、てこの原理を使って岩を順番にどけていく。
12個めにあたったところで、岩の下から現れた地面に、かすかだが緑がかった灰石が顔をのぞかせているのを認めた。この石は墓石や石棺として用いられることが多い石として、少しでも石をかじったものなら、すぐ判断がついた。
「ようやくか」と、男は舌なめずりしたい気持ちを抑えつつ、かぶさった土を取り除けていく。
やがて姿を現したのは、横五尺(約150センチ)、縦十五尺(約450センチ)に及ぶ、細長い石の板だったのさ。
板の下には、切れ目をはさんでまた石が埋まっている。おそらく、こいつはフタで間違いないだろう。
空は気持ち明るさを帯びてきている。時間に余裕を持たせるため、男はいったん土をかぶせ直して、その場は退いた。
今晩に改めておもむく腹積もりだったんだ。
また日が暮れて。周囲に人や獣の気配がないことを確かめ、彼はかの場所を訪れた。
上の岩は、不自然さを消しながらも、どかしやすい乗せ方をしている。昼間よりずっと少ない手間で、男はまたフタと対面することができた。
皮製の手袋で、そっとフタの表面をなぞる。凹凸は極端に少なく、丁寧に加工されたことがうかがえた。フタそのものの大きさといい、やんごとないお方か、それに準ずる者が眠っているのだろう。
重さによっては、切れ目に合うようにもう一度「てこ」を作ろうかと思っていた。しかしフタは意外にも、腰を下ろした男の両手押しだけで、わずかに動く。
喜び勇んで、男はぐいぐいとフタを動かしていく、顔を入れられるくらいの幅ができるや、中をのぞき込んでみる。
夜ということを差し引いても、真っ暗闇が目の前に広がった。
手探りでてこの丸太を探り当て、それで突いて穴の中を探ろうとしたが、どうしたことか。
丸太はどんどんとフタの下へ飲み込まれていくばかりで、一向に底へ触れそうな気配がしないんだ。
「ひょっとして、穴になっているのか?」と、男は腰袋の中に入れた火打ち石を取り出し、かち合わせてみる。
火をつけずとも、火花が散れば中をのぞくことができるだろう。
その男の考えは、すぐさまくじかれる。
つかない。火花が飛ばない。
確かに顔の前、フタの下へ向かって火打石と火打金を打ち付けているのに、見慣れただいだい色の光は、かすかにも目に映らなかった。
金物が擦れたときの、独特な臭いはする。自分が仕損じているとは思えない。
まさか、と男は立ち上がって周囲を見やり、愕然とする。
とっくに闇に慣れ、来るまでは周囲の木々をしっかりとらえていた視界は、すっかり黒く染め上げられ、まぶたを閉じているのと大差ない景色へ変わっていたのだから。
ほとんど盲目の状態で、奇跡的に自分の寝床まで戻れたのは幸運か、長い盗掘の経験が成せる技か。
寝床代わりのわら山の上で目をつむった彼は、そのまま寝入ってしまう。
やがて鳥の声を聞いて目を覚ましたが、そのときの視界は灰色がかったものに変わっていた。
真っ暗よりはましだが、わたぼこりを引っ付けたように、大半は明るい灰色に視界を覆われている。もはや墓を暴くなぞいってはいられず、荷物をまとめた彼は、はっきりしない景色のまま、家路へと急いだんだ。
このままの視界で生きていくことになるかと、半ば悲観していた彼だが、実情は少し違った。
帰り道、音と揺れからして背後から馬が走ってくると察した彼は、道の端へどいたんだ。
ほどなく、がっがっと石を蹴りながら自らを追い越していく馬だったが、それに乗っているものらしき「おっ!」と戸惑ったようなうめきがあがった。
驚いたのは、抜かれた男の方も同じだ。あの判然としないままだった灰色の視界が、いっぺんにもとへ戻った。
対して、自分を追い越していっただろう茶色い毛並みの馬は、どんどん斜行していったかと思うと、道端にあった肥溜めに足を取られ、転んでしまったんだ。
上に乗っていた男も投げ出され、田んぼの隅にぶっ倒れたまま、動かない。
助け起こそうと動きかけた男だが、その視界はまた、先ほどまでと同じように灰色がかったものに戻ってしまったんだ。
それから公私の別を問わず、灰色の視界は害をなした。
男の視界が戻る時、必ずそばで事故が起こる。荷運びだったり、高所での作業だったり、ついには大道芸に至るまで。
いずれもかすかなズレが惨事を引き起こす事態で、その可能性が絶えず手繰り寄せられたんだ。男の灰色の視界が、元に戻るたびに。
そして事故が起き終わると、灰色はまた男の目の前へ帰ってくる。
どうやら自分は、眠っていた「闇」を起こしちまったらしいと、彼は晩年に話をしたようだ。
黒い闇は、光を帯びて灰色となり、活力を取り戻した。そして闇の仲間を増やすため、その機会と見るや、飛びついていったのだろう、と。