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後編




 その日、ギディオン・ファーニヴァルは王城にある謁見の間に呼び出された。




 今年十七歳になった彼は幼い頃から騎士団長である父について立派な魔導騎士となるべく修行を積んでいた。魔力も高く、剣の腕も同年代の中では抜きんでていて隣国に嫁いだ王女殿下の娘、アルディモア国王の孫にあたる少女がアルディモアに遊びに来た時は護衛の隊にも入れてもらえた。

 もっとも、それは大人ばかりに囲まれてはかわいい孫が緊張してしまうだろうという国王の気遣いでもあった。彼以外にも騎士団で修行している子どもが数人いた。ただ、彼はその中でも一番身分が高い家の子どもだったため、自然と王の孫――アルティナのエスコート役を任されるようになったのだ。






 はじめて会った時、アルティナはどうしてか当時はまだ傷だらけだったギディオンの手に気がついて傷を治してくれた。その時の笑顔が忘れられず、会うたびにアルティナへの想いを募らせていった。年に一、二回しか会えないアルティナは会うたびに美しくなっていく。

 その上明るく朗らかで、彼女の父である隣国の王が溺愛するのも頷けた。ギディオンは絵姿しか見たことがないがアルティナが亡くなった彼女の母に似ていたのでなおさらだろう。もっともアルティナの瞳は彼女の母と違って不思議な金色で、月の光のようにも、炎の揺らめきのようにも見えた。その瞳が自分に向けられるたびにギディオンはいつもとてもしあわせな気持ちになる。






「こ、婚約、ですか……?」


 父と共に謁見した王から告げられた言葉にギディオンはぽかんとしてしまった。父に小突かれてハッと我に返り、思わず王の言葉を聞き返してしまったのはそれだけ動揺が強かったからだと思う。王はそれを咎めるでもなくうなずいた。


「隣国の王女、我が孫でもあるアルティナがこの国に移住することになったのは知っておるな?」

「はい、聖女としての役目を果たすと決意してくださったと父から聞いております」

「もちろん聖女としてアルティナの力は申し分なく、その役目も期待はしておる。が、理由はそれだけではない」


 王は言った。


「アルティナは魔族と人間の間に生まれた娘だが、人間よりの存在だ。いずれは自分の父よりも老いてしまうことになる。そのため、人間の国に居を移してはどうかという話が出たのだ」


 隣国の王はもう長い間姿かたちが変わらないという噂はギディオンも知っていたが、まさか本当だったのか。


「何度か話しあいの場が持たれ、アルティナは国境の街に移住することに決まった。聖女としての活動もそこを拠点とする。しかし、あの子はあくまで今の時点では隣国の王女である。他国の目もあるが、国内の貴族もよからぬ考えを抱く者がいるようだ」


 アルティナを人質に隣国に戦争を仕掛けろという者――アルティナを生んで王女が亡くなったことで隣国を恨む貴族も未だいた――あるいは自身の息子などをアルティナに売り込み、隣国とのつながりを持とうと企む権力に目がくらんだ者、王家は貴族たちに目を光らせ、不審な動きをする者を常に警戒している。


「そこでアルティナがこちらに来る前に我が国の者と婚約を結んではどうか、という話になった」


 期待と不安が胸を襲い、ギディオンはつばを飲み込んだ。


「ギディオン・ファーニヴァル、そなたをアルティナの婚姻の相手としたいが、そなたの気持ちはどうだろうか?」


 となりを見なくても、父がどんな顔をしているのかわかる。王の視線もどこか微笑ましいものを見るようだ。ギディオンは顔が熱くなるのを感じた。


「ファーニヴァル家ならば血筋も身分も確か。他の者もそう口出しできぬ。もしアルティナと婚姻ということになれば辺境の地を領地として与え新たに辺境伯の地位を与えるつもりだ。もちろん、そなたが今まで嫡男としてファーニヴァル家を継ぐために尽力してきたことはわかっておるから無理にとは言わぬ。嫌なら嫌だと言ってくれてかまわぬ」

「嫌だなんてことはありません!」


 ついはっきりとした声で言い切ってしまい、ギディオンはますます顔を赤くした。


 ギディオンがアルティナに想いを寄せていることは彼とアルティナの様子を見たことがある者ならば誰でも知っていた。ギディオンがわかりやすかったのもあるが、彼は同年代の護衛仲間にはアルティナのことをよく話していたからだ。


「アルティナ様と父が許して下さるなら、喜んでお受けしたいと思います」

「そなたの父である公爵からはもう許可は得ている」

「家督はお前の弟に継がせるから心配しなくていい。我が家を継ぐために学んだことは辺境を治めるのにも役立つだろう」

「そなたのようにアルティナを深く想う者が夫となればアルティナもしあわせになれるだろう」


 「しあわせになれなければこの国は滅んでしまうが」と遠い目をしてつぶやいた国王の言葉は舞い上がったギディオンの耳には届かなかった。






***   ***






 こうしてギディオンはアルティナと婚約することになった。しかしいざ婚約者の立場を手に入れてみると、とたんにギディオンは不安になった。これは言わばアルティナを守るための政略結婚で、ギディオンはもちろんアルティナを愛していたし彼女をしあわせにするつもりだったが、アルティナの気持ちはどうなのかわからなかったからだ。


 去年、ギディオンとアルティナは結婚した。結婚式は辺境の地で行われたがそれぞれの王家の者が訪れ盛大だった。アルティナの父はギディオンを見て何とも言えない顔をしていたが、ギディオンはそれよりもアルティナと親しげに話す獣の耳を持った男の存在の方が気になった。






 婚約者としてはじめて顔をあわせた時も彼の存在はアルティナの傍に――厳密にいえば彼女の父である国王の傍にあった。聞けば王の秘書官だと言う。その時も、ふとした瞬間に彼女は親し気に彼に話しかけていて、彼もまたやわらかい表情でそれに答えていた。

 婚約者の顔あわせの場に同年代――かどうかは人間と寿命が違うので実際にはわからないが――の男を連れてくるなんてと咎められればよかったが、相手の方が立場が上だしギディオンはアルティナが好きだったのでそんなことを言えるはずもない。もし言えたとしても王の秘書官として同席していると言われて終わりだっただろうが。






 その日も、親しみを感じさせる笑顔で秘書官と話す彼女を少し離れたところで見つめながら、嫌な予想ばかりが浮かんでくる。彼女はもしかして、彼のことを想っているのだろうか? 一年に一、二回しか会えないギディオンでは普段彼女が彼女の国でどんな風に過ごし、どんな友人がいるのかわからない。恋人だっているかもしれない。

 いくら祖父が治める国だとは言え、親元を離れる上に周りは知らない人間ばかり。移住は仕方ないと割り切っても、こうして好きでもない男の妻になるなんて……浮かれていた自分が急に恥ずかしくなり、彼女に対するうしろめたさでいっぱいになった。


 対外的には――もちろん、ギディオン自身がアルティナを愛していてそうしたかったからというのもあるが――ギディオンはアルティナにやさしく接し、アルティナもそれに答えてくれたため皮肉にも二人は新婚間もなくおしどり夫婦と呼ばれるようになり、一年たった今でもそれは変わらない。むしろ日に日にそういった評判は高くなっているようだ。

 それを聞くたびに、ギディオンは心苦しくなる。アルティナと二人きりになると緊張も重なってうまく立ち回れず、彼女も落ち込んだように思えて、悪循環に陥っていた。






「……夜会に残りたかったなら、残ってもよかったのに」


 沈黙が居座る馬車の中でアルティナにそう言われて、ギディオンの思考は一瞬止まった。


「えっ」

「お友だちもたくさんいたし、セルヴァン伯爵令嬢だったかしら? 彼女は離れたところから見てもかわいらしかったし、無理してわたしにつきあわなくてもよかったのよ」


 つづけて言われた言葉にぽかんとしてしまう。セルヴァン伯爵令嬢? どうして彼女の名前が出てくるのだろうか? それよりも目の前の金色の瞳がうるんだのを見て、ギディオンは思わず腰を浮かしかけた。


「ど、どうしてそんなことを言うんだ?」

「だって彼女と話していて楽しそうだったもの……彼女じゃなくても、もしあなたに恋人がいるなら無理してわたしとおしどり夫婦のフリなんてしなくてもいいのよ……わたしがこの国にいる間は父だって突然この国を吹き飛ばしたりなんてしないもの」

「彼女は突然話に割り込んできて……邪険にもできないから適当に愛想笑いをしていただけだ。恋人だっていない。どうしてそう思ったんだ? 誰かがそう言ったのか?」

「誰も何も言ってないけれど……、わたしのわがままであなたを夫にしてしまったから……」

「えっ?」

「あなたに他に好きな人がいたらって、後から思ったの……ごめんなさい……」


 伏せられた瞳から涙がこぼれた。が、ギディオンにはそれにハンカチを差し伸べる余裕がなかった。


「わ、わがままって……」

「他に候補者がいたみたいだけれど、あなたがいいって言ったの。わたし……子どもの頃から、ずっとあなたが好きだったから」

「あの……王の秘書官は? 金色の獣の……」

「えっ? シトロン? 彼はわたしが生まれる前にお母様が孤児だったのを拾って、自分の子どものように育ててたのが縁でわたしにとっても兄みたいな――ギディオン? どうしたの? 顔が真っ赤だわ」


 顔を上げたアルティナは目を丸くしてギディオンをのぞき込んだ。言われた通り、本当に真っ赤なのだろう。顔が熱くて仕方ない。それを隠すように片手で覆って、ギディオンは顔をそらした。


「アルティナは彼のことが好きなんじゃないかとずっと思っていたんだ……結婚式の時、親しそうに話していたから……」

「わたしにとっては兄と同じだもの! あなたがメイジーと仲がいいのと同じよ」

「そうみたいだな……僕もずっと君が……これは政略結婚だから、君が好きな相手を諦めて僕と結婚したんだと……」

「えっ?」

「陛下は僕がずっと君を好きだったと知っていたから、僕を婚約者に指名したんだと思っていた。身分もちょうどいいだろう?」


 自分に婚約と婚姻の話が来たのはアルティナがそれを望んでくれたからだったのか。ギディオンはやっと顔をアルティナの方へ向けた。アルティナの頬は、化粧をしていてもはっきりとわかるくらい赤く染まっている。


「わたしのこと……好きだったの?」

「そうだよ。君が僕の手を治してくれた時から」

「メイジーはそんなこと言ってなかった」

「メイジーは知らなかったんだ。家族で知っているのは父上くらいだ。メイジーに知られたら国中に広まる」


 アルティナは声をたてて笑った。ギディオンはやっと肩の力を抜いて表情を緩めた。居座っていた沈黙は馬車から追い出され、代わりに穏やかな空気が二人を包んでいた。


「家であまり話してくれなかったのは?」

「それは……君と会うと気まずくて……それに、緊張していたんだ。すまなかった」

「ううん、いいの。これからはじめていけたら」

「そうだな。はじめていこう。愛してるよ、アルティナ」


 手袋越しにキスを受けながら、「わたしも愛している」とアルティナはささやいた。






 馬車が止まり、タウンハウスに到着したのがわかった。外から扉が開かれ、ギディオンはいつも通り先に降りるとアルティナに手を伸ばす。微笑む彼は最初で会った時と違ってもう大人で、最初で会った時とその表情も違うけれど、差し出された手のやさしさは変わらず、それに自らの手を重ねたアルティナの笑顔もあの時と同じものだった。





 大事件も何も起きない、ちょっとすれ違ってて誤解がとけてハッピーエンドみたいななんでもない話が読みたいなと思って書きました。誰かの心の端っこに引っかかってくれたらさいわいです。


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