005 卒業パーティーのお相手(レンリ視点)
工房の入り口から大きな声がして振り向くと、フローレスさんが真っ赤な顔で立っていた。
そういえば、今日は魔法道具の修繕の出来を確かめる約束をしていた。
「フィリエル様っ、か、考え直してはいただけないでしょうか?」
「えっ、な、何を?」
「レンリ先輩と卒業パーティーに出ることです」
「えっ……」
フィリエルは驚き僕へと顔を向けた。二人はどんな関係? と聞きたそうな目をしている。
フローレスさんは、うつむき加減で気まずそうに口を開いた。
「あの……フィリエル様は、まだ元婚約者様にお気持ちがあるって、私の兄が言っていたんです。えっと……兄はフィリエル様のことをお慕……そ、尊敬していて、いつも見ているから分かるそうです。だから、レンリ先輩にお気持ちがないなら、これ以上利用しないで欲しいんです!」
「私が……ガスパルを……」
不思議そうに首を傾げるフィリエルは、フローレスさんの言葉を否定しようと言葉を探しているように見えた。
「フローレスさん。大丈夫ですよ。僕は構いませんから」
「で、でも……レンリ先輩には好きな方がいらっしゃるじゃないですか。勘違いされてしまいます。だから……」
僕の好きな人?
さすがにヴェルネル先生のことではないよな。
でも、僕が行動を共にしている女性はフィリエルとコレットだけだから……。
「もしかして……コレットのことですかね。僕はコレットのことを尊敬しているだけですから、そういうのではないんですよ」
「へっ、あ、私、すみません。勘違いしてしまって」
おどおどと恥ずかしそうに謝るフローレスさんに、フィリエルは優しく微笑んだ。
「ふふっ。あながち間違っていないと思うわ。でも、コレットはお兄様の婚約者なのよ」
「ええっ!? ラシュレ公爵様のですか!?」
「ええ。ということで、私が、レンリとパーティーに参加してもいいわよね? どちらもパートナーがいない、ただの友人同士だから」
意地悪く聞こえるのは気のせいだろうか。
フィリエルの言葉にフローレスさんは瞳を曇らせ俯いた。
「あ……そうですね」
「もしかしたら、レンリは私のことが好きになっちゃうかも?」
そんなこと、あるはずもないのはフィリエル本人が一番分かっているだろうに。
フィリエルが、まるでフローレスさんを試すように笑顔で尋ねると、フローレスさんは慌てて顔を上げた。
「そ、それは困ります!」
「ふっ、ふふふっ。ごめんなさい。フローレスさんが可愛くて、少し言い過ぎてしまったわ。レンリ、こんなに可愛い後輩に慕われているなんて、ズルいんだから」
フィリエルは急に笑い出したかと思うと、困って顔を赤くしているフローレスさんをギュッと抱きしめて、僕を見ながらそう言った。
「ズルいってなんでですか!? それに、慕われてるって……ただ、尊敬していただいているというだけで……」
「あら、鈍感な男は嫌われちゃうわよ。ね、フローレスさん」
「あっ、えっと……はい」
フィリエルの問いにフローレスさんは否定すると思っていたのに、彼女はぎこちなく同意していた。
同意したということは僕は鈍感だと思われているということで……。
いやでも、僕なんかを?
「ね、そうよね。私はお邪魔みたいだから失礼するわ。パートナーは他の方にお願いするわ。──レンリ、ちゃんとパートナーを探すのよ。コレットだって、絶対にみんなでパーティーに参加したいって思っているはずだから。頑張って、ね?」
僕とフローレスさんを交互に見ると、フィリエルは笑顔で手を振り工房を出ていった。
頑張ってと言われても困る。
ただの友人同士で参加することと、僕のことを……慕ってくれているかもしれないフローレスさんと参加することでは、意味が全く違うのだから。
ここまで煽っておいて逃げるなんて、フィリエルの方がズルいじゃないか。
フローレスさんは、またリンゴみたいに顔を真っ赤にしていて、僕と目が合うと口を開いた。
「あのっ!」
「はいっ!」
「補修した魔法のローブ……一緒に見たいです」
「あ、ああ、そうでした。今出しますね」
ああ、ビックリした。
僕は心臓がバクバクしたまま保管しておいたローブを机の上に出した。
真っ二つに裂けてしまっていたローブは、縫い目が分からないほど馴染んでいて、修繕は上手くいったみたいだ。
「良さそうですね」
「あの、試着してもいいですか?」
「どうぞ」
フローレスさんはローブを羽織り、自分の身体を見下ろすと、パッと表情を明るくさせて言った。
「わぁ、すごい。なんだか、見えない何かに守られているような感覚があります」
「そうだね。成功だ。フローレスさんのお蔭です。ありがとうございました」
「そんな……私はただ縫っただけです」
「僕には上手く縫えなかったので、本当に助かりました」
「レンリ先輩のお力になれて、とても嬉しいです。私、ずっとレンリ先輩とお話してみたかったんです。でも、上手く出来なくて……。緊張すると、すぐ顔が赤くなってしまうので恥ずかしくて。でも、今は先輩に見えていませんよね、私の顔……」
このローブは人避けのローブだ。これを着ていると認識しづらくなるけれど、会話をすると相手に認識されるようになる。
だから、一瞬見えなくなったけれど、フローレスさんが声を発してからは、ずっと彼女の姿がよく見えていた。
真っ直ぐ僕を見上げるフローレスさんの瞳は潤んで煌めいていて、吸い込まれてしまいそうなほど純粋で、頬は赤く、手は緊張でなのか、微かに震えている。
いつぶりだろうか。
こんなに真剣に誰かの事を考えてしまうのは。
目の前の相手が、どんな顔で、どんな気持ちで立っているのか、知りたいと思ったのは……。
「見えていないと分かっていても、やっぱりすごく緊張します。──あ、あの。卒業パーティーですが、もし、よろしければ、私と……」
「フローレスさん」
僕はフローレスさんの言葉を遮るようにして彼女の名前を呼んだ。
精一杯、自分の気持ちを口にしようとしてくれたのに、止めさせてしまった。
僕には、その先の言葉を聞く資格すら、ないからだ。
この先の彼女の言葉を想像しただけで、胸がドキドキと高鳴るのを感じた。
ああ、フローレスさんとパーティーに参加できたら、僕はとても嬉しいのだと気付いてしまった。
でも、それは不誠実だ。
僕は彼女の気持ちには応えられない。
僕には、婚約者がいるのだから。
「すみません。僕には、婚約者がいます」
「えっ?」
フローレスさんの顔が一瞬で凍りついた。
胸がズキッと痛んだけれど、気付かないふりをした。
「フィリエルとなら友人として、お互いに、その日限りのパートナーとして、参加しようと思ったのですが……フローレスさんとは」
「ご、ごめんなさいっ。失礼しますっ」
フローレスさんはフードをギュッと掴み深く被ると、泣きながら走り去っていった。
これで良かったんだ。
泣かせてしまったことは申し訳ないけれど、フローレスさんはとても良い子だから、僕のことなんかさっさと忘れてまた素敵な人と出会った方がいい。
どうしてだろう。
僕が自分の気持ちに気付いた時は、いつも手遅れだ。
フローレスさんの気持ちが嬉しくて、彼女のことをもっと知りたいし、手を取りたいと思うのに、応えられない。
婚約者がいる僕に、その権利はない。
どうしてこんなタイミングで婚約者が決まったのだろう。
コレットの時もそうだ。彼女の存在が僕の中で大きくなるほどに、彼女の心は別の誰かへと遠ざかっていった。
どうしていつも、うまく行かないんだろう。
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