002 フィリエルと勉強会(レンリ視点)
それから、僕の隣でフィリエルも勉強をするようになった。場所は工房だったり、図書室だったり、その時々で。
でも、フィリエルが何の試験を受けるのかは、教えてくれなかった。ダメだった時に恥ずかしいから、受かったら教えてくれるそうだ。
そして、来るだろうとは思っていたけれど、フィリエルと二人で勉強し始めてすぐ、意気揚々と話しかけてきた令息がいた。
「フィリエルさん。そんな奴より、僕らと勉強しましょう。あちらに──」
「結構ですわ。私は、レンリと勉強がしたいの。邪魔しないでいただけますか?」
「えっ、……は、はい。失礼しました」
自信満々に声をかけてきた令息は、断られることなど考えてもいなかったのだろう。しどろもどろしながら後ろで待っていた取り巻き達のもとへ戻っていった。
彼は確か、現在この国の宰相を務める方のご子息だったと記憶している。婚約者もいたような気がするけど、まぁ、どうでもいいか。
彼が惨敗したからか、二人でいる時、視線は感じるものの、声をかけて来る者は誰もいなかった。
ただ、僕が一人で学園内を歩いていると、知らない令息達から呼び止められることがある。
「あの、レンリ・ベルトットさんですよね?」
「そうですけど、何か?」
「最近よくフィリエル様とご一緒されていますよね? 親しいご関係なのですか?」
言葉は丁寧だし笑顔を向けられてはいるけれど、眼光がキツく牽制されているのだと分かる。
あー、面倒だな。
「……はい。貴方よりは親しいと思います。では急いでますので」
「えっ、ちょっ……」
大抵の相手は、これでやり過ごしている。
それでもしつこい時は、ヴェルネル先生の名前をお借りすることにしている。
数日前、十名程の令息に取り囲まれてしまい図書館裏まで連れて行かれた時、偶然それを見かけていたヴェルネル先生に助けてもらったのだ。
「こんなに大勢で、レンリ・ベルトットに何の用があるのだ? 君達は普通学科の生徒だね」
「えっと、その、ま、魔法に関して興味があって……」
「なる程、それは素晴らしい。しかし彼はまだ学生だ。興味があるなら、教員に尋ねなさい。そうだ、課題を出してあげよう。魔法学についての──」
その場にいた生徒はヴェルネル先生に面倒な課題を出されていた。
その後、困った時は「自分の名前を出すように」とヴェルネル先生が言ってくれた。課題の件は普通学科の生徒に知れ渡っているらしく、それは効果抜群だった。
もうしばらく耐えれば、声をかけてくる令息もいなくなるだろう。
それから、空いた時間はフィリエルが壊した魔法道具の修繕に費やした。
僕は魔法道具作りが好きだ。
しかもヴェルネル先生の魔法道具は強力で繊細で憧れの品々ばかり。
それを修繕できるなんて、楽しみ過ぎる。
人避けのローブが破れてから、早くも三週間が過ぎた。
最初の一週間は、様々な種類の糸を集めることに時間を割いた。普通の糸や絹糸、魔法植物で作った高価な糸から安価な糸まで、色々な種類をそれぞれローブに縫い付け、ローブに込められたヴェルネル先生の魔力に耐え、適合できる糸がどれかを研究するのだ。
結果は、まあ予想通りではあったが、全敗だった。
やはり、元々このローブを縫うのに使われていた一番高価で貴重な魔法植物から生成した糸しか受け付けないのだろう。
しかしそれは貴重で手に入りにくく、先週やっと兄に頼んでいた糸が手に入ったのだ。それからすぐ糸を縫い付け一週間が経った。糸は魔力と馴染み良い状態だった。
「よし、この糸で補修すれば完成だな」
やはりヴェルネル先生の良質な魔力に耐えられるのは一級品だけなのだ。
この糸で破れた箇所を縫っていこう。縫ったらまた一週間ほど置いて、糸に魔力を馴染ませたら修繕完了の予定だ。
「一週間か……。二次試験の二日後だから、試験の結果が出る頃だな」
結局、修繕にかけた期間は一カ月に及ぶことになってしまった。二次試験前には終わらせて、気持ちを試験だけに集中させるつもりだったんだけどな。
でも、フィリエルと二人で勉強する時間は、意外と心地よかった。始めた頃は、周りが煩わしかったけれど、それもすぐ落ち着いたし。
それと、フィリエルと勉強していると、必ず休憩が入るのも、よい息抜きになった。
しかも、温かい紅茶とコレットのお手製の菓子付きだ。食べると頭がスッキリするし、甘さ控えめのクッキーは心を満たしてくれた。
よって、僕の勉強はすこぶる捗り、魔法道具の修繕にかける時間もこうして確保できているのだが……最後の工程に意外と手間取っていた。
手先は器用な方ではあるが、斜めに裂けたフードを上手く縫い合わせることがなかなか難しい。生地は麻のような固さでゴワゴワしていて縫いづらいのだ。
コレットなら器用だし、コツを教えてもらえるかもしれない。でも、コレットは今、ルーティ王女の魔力コントロールの練習に付き添っていると聞いた。
忙しそうだし、相談しようかやめようか悩んでいると──。
「あ、あの!」
後ろから声をかけられた。
振り向くと、丸眼鏡をかけたおさげ髪の小さな女の子が立っていた。魔法学科の一年生だ。
名前は知らないけれど、よく図書室で見かけるし、工房の常連の一人だから、顔見知りではある。
だけど、この子を初めて見かけたのは学園ではない。
ラシュレ家でだ。この子のお兄さんが青藍騎士団の一人で、差し入れを渡しに来ていた姿を何度か見たことがあるのだ。
彼女は、僕の手に持ったローブを指さし、緊張した様子で言った。
「わ、わわわたし、縫いましょうか?」
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