001 父の手紙と壊れた魔法道具(レンリ視点)
ガスパルの審議会の後、僕は学園に戻ることになった。
それからは、やりかけだった魔法道具の研究に明け暮れている。
ラシュレ家では、執事として雇われたままだが、最近では青藍騎士団の治療係兼、エミルに歴史と魔法学を教えている。
学園に戻り、前と変わったことと言えば、魔法学科にコレットがいることと、ヴェルネル様を先生と呼べるようになったことだ。ヴェルネル先生の授業は難しく、始まってひと月の間に数名が離脱していたけれど、僕にとっては至福の時間である。
そうして、やりたいことに好きなだけ没頭しているうちに、卒業まで、あと三ヶ月を切っていた。
そんな時、これからも平穏に過ぎていくはずだった僕の日常に、ある事件が起きた。
「婚約者……?」
珍しく父から手紙が来たと思えば、僕に婚約者ができたという内容だった。事業に失敗した際、助けてくれた恩人の一人の娘さんだという。
婚約者ができたと書かれているので、確定なのだろう。
向こうも僕を大層気に入っていると書かれているけれど……。
「詳細が無いじゃないか」
手紙には「ご令嬢の詳細は別紙にて」と書かれているが、その別紙が入っていない。
父はうっかりしているところがある。このうっかりミスで、実家も危うくなったのだと聞いている。
「はぁ……」
どんな相手なのか気になるけれど、助けてくれた恩人とのことだし、弱小貴族の三男坊に婚約の話が来ただけでも感謝しなければ。
取り敢えず、父に手紙を書こう。父の伝書鳩はのんびり屋さんだし、すぐ迷子になるから、恐らく忘れた頃に手紙が返ってくるだろうな。
「よし。父のところまで頼むよ」
父に手紙を書き伝書鳩に託した時、外からバタバタとした足音が近づいてきた。
「レンリ~!! 大変なの!!」
いつものように騒がしく工房に駆け込んできたのはフィリエルだ。今日も学園の男性陣に追いかけ回されているのだろう。
「どうかしましたか?」
「あのね。これを見て……」
本日、二つ目の事件が発生した。
フィリエルの手には、真っ二つに裂けた人避け用のローブが握られていた。
ヴェルネル先生お手製の魔法道具になんてことを……。
「ごめんなさい。枝に引っ掛けて裂けてしまったの。直せるかしら?」
「うーん。やってみますけど、直せる保証はないですよ。時間もかかります」
上手く縫えば直せるだろうけれど、問題は何の糸を使うかだ。
ヴェルネル先生に相談すればすぐに解決するだろう。
しかし、修復に時間はかかるけれど、せっかくだから、いろいろな素材を試してみたいというのが本音だ。
というか、こんな機会は滅多にないのだからじっくりと自分の手で直したい。
「そう。それだったら……。えつと、重ね重ね申し訳ないんだけれど、しばらくレンリの隣で勉強をさせてもらえないかしら?」
「は? 嫌ですけど。ひと月後に宮廷魔導師の二次試験があるんです。フィリエルが隣にいたら……集中できません」
宮廷魔導師試験の一次試験は書類審査、そして二次試験が筆記と実技だ。それから最終審査が面談なのだけれど、最終審査で落ちた人は一人もいないと聞く。
面接では得意分野や職に就いてからやりたい事を尋ねられ、希望の配置についての擦り合わせが行われるだけとのことだ。
だから、宮廷魔導師になれるかどうかは、実質、二次試験で決まるのだ。ちなみに、コレットも宮廷魔導師を目指していて、同じ試験を受ける予定だ。
しかし、フィリエルはなぜ勉強をしたいのだろう。単位だってもう取り終えているはずだから、学園で勉強しなくてもいいだろうに。
僕の顔を見ると、フィリエルは申し訳なさそうに口を開いた。
「わ、私も、ひと月後に試験を控えているの。図書館で調べたいこともあるから、学園で勉強したいのだけど、すぐ誰かに話しかけられてしまって困っているの。だから、隣で勉強させて。邪魔にはならないようにするから」
「試験って何の試験ですか? まさか、卒業の単位が足りないなんて言いませんよね」
「違うわ。単位は……ギリギリ大丈夫。でも私、受けたい試験があるの。だからお願い」
懇願されても、簡単には首を縦に振れない。
後々面倒な事が必ず起こるだろうから。
「コレットと勉強するのでは駄目なんですか?」
「コレットと二人でいると、学部を問わず色々な殿方から話しかけられてしまうのよ。レンリは知らないの? コレットって、男性からとても人気なのよ。誰にでも優しいし、教え方も上手だし」
「えっ、でもラシュレ公爵の婚約者ですよ?」
「そうよ。あのラシュレ公爵の婚約者なのによ。でも、誰が信じると思う? あのお兄様が、元侯爵令嬢と婚約しているなんて」
「確かに……」
「妹の私が言っても、ラシュレ公爵の女性避けの道具にされているとしか思われないのよ。コレットは、まだ自分なんかが婚約者だなんて名乗れないって言っているし……」
そう言えば、ラシュレ家の使用人たちは全力でコレットを婚約者にと推しているって聞いたけど、コレット自身は、周りに認められる人間になるまで婚約者を名乗れないとか言っていたな。
きっと、ローブが破れなければ、フィリエルは一人で勉強ができたのだろう。このローブを時間をかけてでも自分で直したいというのは僕の我が儘なのだし、ここは僕が折れるしかないな。
「なるほど、分かりました。いいですよ」
「ありがとう! 邪魔にならないようにするわ」
フィリエルは満面の笑みでそう言った。
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