021 兄の剣
私の言葉に、殿下は何故か瞳を輝かせていた。確か、エミルのお母様と同い年の筈だけれど、メルヒオール様より子供っぽい方だ。
「おおっ。何で!? どうやって!?」
「ガスパルの剣を折った時は気付いていませんでしたが、私は魔法が使えて、物を強化することが得意なのです。それで、剣を鉄の門に打ち付けて折りました」
「へぇ~。だってゲオルグ。それは可能か?」
「その者に出来るかは分かりませんが、可能ではあります」
クウェイル様はゲオルグ様の言葉を聞くと、ハッと何かを思い出した顔をし、兄のライアスへと目を向けた。
「心当たりがある。ライアス。もしや、お前の剣はコレットが強化していたのではないか?」
「それは……。そうかもしれません」
兄は剣に手を添え、剣へと語りかけるように目を瞑ると、クウェイル様の意見に同意した。しかし、隣に座るヒルベルタは、兄を馬鹿にしたように息を吐く。
「何それ。魔法だか何だか言って誤魔化してるだけじゃない。……っていうか、お姉様が折ったの!?」
「ヒルベルタ。少し黙りなさい」
「だって……もう。何なのよ」
兄に諭され、ヒルベルタは小言を漏らしつつ黙るが、殿下は興味津々で私を見ていた。
「コレット。私はそれより気になっていることがある!」
「アーロン殿下。それぐらいに……」
「いいだろ。折った奴分かったし、ついでついで。――ヴェルネルの婚約者になる予定だったのに、その弟を襲って、執事を誑かして駆け落ちしたって本当か?」
「はい?」
メルヒオール様とヴェルネル様から、同時に溜め息が漏れた。よく見ると、私とヒルベルタとレンリ以外の人達は諦めたような顔で目を瞑っている。
「そういうドロドロしてそうな噂話が大好物なんだよ。ガスパルに嫉妬したレンリが剣を折ったってのも面白かったんだけど、違うんだろ?」
「は、はい」
殿下の暴走は誰も止める気はないらしい。隣のメルヒオール様が全部話してしまえと耳打ちしてきた。本当に良いのだろうか。
「私はヴェルネル様との婚約を待ち望んでいました。ですが、ヴェルネル様以外の周囲の人々はそれをよく思っていませんでした。私が婚約式の日にガスパルを襲ったのは事実です。襲われたので襲い返したと言いますか、剣を向けられそうになったので、転ばせて押し倒して身動きを取れなくさせました」
そこまで言うと、クウェイル様が頭を抱えて俯き、殿下は顎に手を添え頷いている。
「ほぅ。では、婚約を壊された仕返しでガスパルの剣を折ったのだな」
「そうですね。それもあると思います。でも一番は、私にも勝てないガスパルが、近衛騎士になる資格はないと思ったからです。あの美しい剣を腰に差す力も、人格も覚悟も、ガスパルには足りないと思いました。だから、ガスパルの目の前で剣を折りました」
「ということは、ガスパルは剣が折れているのを知ってて、式典で抜いたのか? ヤバイなそれ」
殿下は半笑いのまま、そんなやつ近衛にしたの? と、クウェイル様をからかうように呟いた。
「殿下。もうよろしいですか?」
「いや。もうちょっと。――んで、二人はさ、駆け落ちしたのか?」
「いえ。それは――」
「アーロン殿下。レンリは私の指示でコレットを守っていてくれたのです。殿下もご存じですよね。私がコレットを前々から気に入っていたことを」
「うわー。つまんないな。レンリはヴェルネルの子飼か。はぁ。全然色恋沙汰じゃないじゃん。ドロドロしてないし、ヴェルネルの執着心がヤバイだけじゃん。――あー。じゃあさ。嘘ついたんだ。お前」
ヴェルネル様の言葉に項垂れていたアーロン殿下は、急に声のトーンを落としてヒルベルタを睨んだ。
「へっ? わ、私は見たものっ。嘘つきはお姉様よ。みんなお姉様に誑かされてるんだわ。それで口裏を合わせているのよ。それに、魔法で折れるんだったら、レンリにも出来るんじゃないの!?」
「レンリには出来ません。学園の成績は優秀ですが、回復系統を得意とする生徒ですので、彼には無理です」
ゲオルグ様が発言すると、殿下は満面の笑みで兄を指差した。
「それなら、見せて貰おうじゃないか。ライアス。腰の剣を貸せ。コレットは、それを折ってみせよ!」
「えっ。そ、そんなっ……」
私が戸惑いの声を上げると、兄は立ち上がり、私の前へ歩み寄り腰の剣を差し出した。
「いや。コレット。やるんだ。これでお前の罪を証明しろ」
「ですが……」
「今日、近衛騎士を辞任するつもりでいた。父の話は聞いているのだろう? あれは事実だ。お前のことも売ろうとしていた。分かっているだろ」
「……っ」
「お前が剣を磨いていた時は、剣も体も軽かった。それを自分の力だと過信していた自分が馬鹿らしい。あれは虚構だったのだ。本当の私は、昔、お前に負けた時の私から成長していなかったのかもしれない。コレット、お前がこの剣を折り、俺は偽物の自分と決別する。さぁ、やれ」




