020 審議会
近衛騎士団本部で行われるガスパルの審議の直前に、レンリは呼ばれていた。多分審議の結果は、レンリの言葉を聞くまでもなく決まっているのだと、メルヒオール様は言っていた。
だけど私はレンリの潔白を証言するために騎士団本部へと足を運んだ。
レンリはラシュレ家の執事なので、メルヒオール様もついてきている。私はヴェルネル様と一緒に本部へ訪れた。流れの確認はしたけれど、初めて来た荘厳な建物を前にとても緊張していた。
審議室の扉が開かれると、五人の男性が座っている姿が見えた。判断を下すのは、王族からアーロン殿下、近衛騎士団長のクウェイル侯爵、宮廷魔導師長のゲオルグ様と審議官が二名。
厳粛な雰囲気の中、レンリは審議室へと通されたのだけれど、アーロン殿下はメルヒオール様を見るなり顔を綻ばせ声をかけてきた。
「おおっ。我が義弟のメルヒオールじゃないか。久しいな。そんなところにいないで、中に入れよ」
「俺は義弟ではないし、ただの傍観者だ。……審議は良いのか?」
「どうせ形式的なやつだから!」
ヘラヘラと笑いながら手招きするアーロン殿下に、クウェイル様が牽制するが如く咳払いをした。
「アーロン殿下。ガスパル=ダヴィアの前では態度を改めてくださいね」
「分かってるって。まぁ、座れって。ほら椅子用意して」
何かすっごくフランクな人みたいだけど、見た目はキラッキラしてて王子様という雰囲気。いつも感情がすぐに顔に出るレンリが平然としているので、こういう人だって知っていたみたい。ヴェルネル様も同じだった。
私達は四人とも椅子を用意されてアーロン殿下らの前に腰を下ろした。しかし椅子はもう二脚用意されていた。
「ああ。君達も入れ」
殿下の視線の先には兄のライアスとヒルベルタがいた。兄は私に気付くと目を見開き、ヒルベルタは大声で叫んだ。
「お、お姉様っ!? 何でこんなところに……そっか。家が大変だから戻ってきたのでしょう? 酷いのよ。みんな――」
兄は喚き散らすヒルベルタの腕を掴み、無理矢理椅子の前に立たせると、殿下へ礼をした。
「失礼いたしました。ライアス=キールスとヒルベルタ=キールスにございます」
「はいはい。揃ったね。じゃ、後はクウェイル。仕切ってくれ」
「全く。……こほん。――ダヴィア侯爵からの進言に名を連ねていた者達を召喚した。君が、レンリ=ベルトットだな?」
「はい。レンリ=ベルトットです」
「君はガスパルの剣を折ったか?」
「いいえ。折っていません」
「嘘よ! 私はこの眼で見たのよ! こいつが食事中のガスパルの目を盗んで預かっていた剣を折ったのよ」
淡々と答えるレンリに向かって、誰にも聞かれてもいないのにヒルベルタは立ち上がり声を荒らげる。クウェイル様は眉間にシワを刻み、そんなヒルベルタを睨み付け、質問をした。
「では、どのように折ったのだ?」
「え? そんなの分かんないわ。力ずくでバンってしたのよ」
「……語彙力ヤバイな」
殿下の呟きにクウェイル様が睨みを利かせて黙らせると、ヴェルネル様へ視線を向けた。
「その件に関して、ヴェルネルから異議があるそうだ。話してみよ」
「はい。それは私の婚約者になる予定だったコレット=キールスから――」
「ヴェルネル様っ。婚約者は私だったでしょ!?」
またもや誰の許可もなく立ち上がり口を挟むヒルベルタをヴェルネル様がきつく睨むと、ヒルベルタは怯んで口ごもり腰を下ろしながらまだ言葉を漏らした。
「でも、ダヴィア家を出るなら、もうどうでもよろしくてよ」
宮廷魔導師長のゲオルグ様のヒルベルタを見る目が更に厳しくなった事を、この場にいるヒルベルタだけが気付いていなかった。クウェイル様はヒルベルタを一瞥した後、私に目を向けた。
「君がコレット=キールスだな」
「はい。コレット=キールスです」
「君は誰がどのように剣を折ったのか知っているのか?」
クウェイル様の厳しい眼差しに呼吸すら忘れそうになる。私は腰に差した黒檀の剣にそっと振れ、呼吸を整えてから声を発した。
「はい。私が……私がガスパルの剣を折りました」




