019 いつもの顔
それから父は拘束され、取り調べが行われていると聞いた。他の家族の関与はなかったとされ、兄達はすぐに解放されたが、父は容疑を否認し、職を斡旋する業者との繋がりであると主張し続けているそうだ。
売られた人のほとんどはキールス家の使用人で、帳簿から売られた先を調べているそうだが、国外が多く、その後の知らせはまだ届いていない。
キールス家が窮地に陥ったことにより、ガスパルの剣に関する話は流れるのではないかと予想されたが、そう上手くはいかなかった。
キールス侯爵の罪が確定すると、兄のライアスの証言の信頼度に影響が出ると考えたダヴィア侯爵は、兄の証言を審議会に提出し、レンリ=ベルトットのせいでガスパルの剣が折られたことを審議会を待たずして進言した。
ベルトット家に、レンリ本人へと聞き取りをしたいとの通達が来て、レンリは近衛騎士団本部へと出向くことになっている。
なるべくエミルに心配をかけないように、普段通り過ごしてきたつもりだったけれど、夜部屋を訪れると、エミルは毎日、一言だけ書いた手紙をくれるようになった。
「バジルがとれたよ」とか、「明日はチェリーパイを作ろうね」とか。
字の練習だと言っているけれど、私を元気付けようとしてくれているのだと伝わってきた。
メルヒオール様もエミルの手紙に興味津々で、エミルが寝た後、必ず何が書いてあったのか尋ねてくる。
「今日は何と書かれていたのだ?」
「えっと。――明日は早く帰って来てね。ですね」
明日は審議会の日だ。ヴェルネル様を通じて、レンリの疑惑を晴らすべく、私も赴くことになっている。
「そうか。明日は俺も行く。コレットは、思うままに話せばいい」
「はい。このような機会を与えてくださり、ありがとうございます」
メルヒオール様がキールス領から戻ってきてから、毎日慌ただしくて、あの日のお礼をちゃんと言えないでいた。彼が後押ししてくれたから、私は自分のしたことに向き合うことができるのだ。
メルヒオール様はフッと鼻先で笑うと、エミル越しに私の頬に手を伸ばした。
「顔が固いな。緊張しているのか?」
「は、はい」
「堂々としていればいい。そうだな。腰に剣でも差しておけ。気が落ち着くぞ」
「で、でも、良いのですか? 私なんかが……」
「国内最大の騎士団を所有するラシュレ家の家庭教師なのだぞ。それなりの装備をせねば。明日向かうのは近衛騎士団の本部だしな。黒檀の剣にはラシュレの家紋がある。忘れずに持参するように。――剣を持ち歩くのは慣れないか?」
「はい。あ、ですが、いつもここにはキールス家の家紋の入った短剣を装備しています」
私が太股をスカートの上から叩くと、メルヒオール様は目を丸くして私の手を凝視した。
「は? いつもか?」
「は、はい。変ですか?」
「いや。別に。――フッ。はははっ」
「そんなに笑わないでくださいっ」
「これは君のせいだ。昔と変わっていない君が悪い」
「何がですか?」
「君が初めて訓練に参加した日。あの日、君はスカートの中に隠し持っていた木の剣を急に父の前に出して、自分も参加させてください。って願い出たじゃないか」
「そうでしたっけ?」
全く覚えていない。でも確か、その木の剣は兄がくれたものだったことは覚えている。
「ライアスの青い顔は今でも忘れない。それに君はその木の剣でメキメキと上達して……。やはり、俺のせいか?」
「え?」
「俺がライアスに勝てば黒檀の剣をやるなんて言ったから……」
メルヒオール様は、エミルの枕元に置かれた黒檀の剣を見つめ、言葉を濁した。
「そうかもしれません」
「…………」
「メルヒオール様みたいになりたくて。私はそればかりに囚われて、兄の気持ちを一度も省みませんでした。勿論、そんな自分勝手な私を、両親は認めませんでした」
「君は病で倒れたと聞いていた。もっとちゃんと知ろうとすれば良かった」
「過ぎたことです。ですが、今までの自分があったから、今、私はここにいるんです。これで良かったんです。――それより、一つ思い出せないことがあるんです」
「何だ?」
「メルヒオール様との約束というか、賭けの話です。兄に勝てば黒檀の剣が貰えて、私が負けたら……どうなるのでしたっけ?」
私の質問に、メルヒオール様は呆れたように息を吐いて微笑んだ。
「……さっきの話といい、君は何でも直ぐに忘れるのだな」
「そんな事……あるかもしれませんけれど」
「ふん。思い出すまで分からなくていい。負けた時の事など考えたくないだろ」
「はい。そうですね」
負けず嫌いなのは多分お互い様で、そう思うと面白くて笑みが溢れた。
「いつもの顔に戻ったな」
「はい。……ありがとうございます」




