018 サリアからの知らせ
バルコニーで話している内に、エミルは庭でメルヒオール様と剣の稽古を始めていた。
メルヒオール様が相手をしてくれるのは初めてだからか、エミルは大興奮。人の家の庭だってことも忘れていそう。
レンリはそれを青い顔で見ていて、フィリエルは使用人に庭を貸してくれた礼を言っていて、その様子がバルコニーから見えて面白かった。
ヴェルネル様も、それを楽しそうに眺めている。
「メルヒオールは、エミルを可愛がっているのだな。エミルは昔のメルヒオールにとても似ているよ。――ん? あれは……」
その時、街の方からメルヒオール様めがけて白い伝書鳩が飛んできた。
「サリアさんの伝書鳩です」
「対象人物相手に飛ばせるとは、中々の腕の持ち主だな」
やっぱりサリアさんは凄い人みたい。
メルヒオール様は手紙を受けとると、私の方を睨み、レンリに何やら詰め寄っている。
「何か、よくない知らせみたいだね。コレット、職務が休みの日は、またお茶をお誘いしてもいいかい? もっと君のことを知りたいし、私の事も知って欲しいのだ。勿論、レンリも一緒に」
「はい。喜んで」
「それから……。審議会だが、無理はしないでくれ。私も他に方法がないか考えておく。だが、君がもし周りからどの様な目で見られようとも、私は変わらない。それだけは覚えておいてくれ」
「はい。ありがとうございます」
◇◇
庭へ降りるとフィリエルが一目散に駆け寄ってきた。
「コレット。確認なのだけれど、貴女も人身売買の男に拐われそうになったって言いましたよね」
「ええ。多分」
「僕も一緒でしたし、間違いないと思いますよ」
「許せない。お兄様っ。もうぶっ潰してください」
フィリエルは今まで見たことがないくらい怒っていて、レンリは驚いて固まってしまったエミルを宥め、抱っこしてあげていた。
「フィ、フィリエルっ。どうしたの?」
「人身売買を裏で後押ししていた相手が分かりましたの。それは……」
フィリエルは口ごもり、サリアさんの伝書鳩を肩に乗せたメルヒオール様へと視線を伸ばした。メルヒオール様は、手紙を握り潰すと、フィリエルの言葉の続きを言う。
「キールス侯爵だ。俺は明日、キールス領へ向かう。……コレット。大丈夫か?」
「え……。は、はい。大丈夫です……。あっ」
急に足の力が抜けて、私はその場にへたり込んでしまった。お父様がそんな事までしていたなんて、ショックで言葉を失い、目眩に襲われた。
でも、私が拐われそうになったということは……。
キールス家にいた使用人達の顔が浮かんだ。
胸の奥がグッと苦しくなって、手が震えて力が入らない。自然と涙が溢れていた。
「き、キールス家で。……働いていた人達は……」
「コレット。大丈夫だ。帳簿から売られた先が分かるそうだ」
「でも……」
メルヒオール様は私を抱き上げ、この件は俺に任せろ。と耳元で話すと、ヴェルネル様へ向き直った。
「ヴェルネル。今日はこれで失礼する」
「少し休んでいったらどうだ?」
「いや。キールスから騎士が戻ってくる。詳しいことを早く知りたい。コレットも自室の方が気が休まるだろう」
「分かった」
◇◇◇◇
それから、ラシュレ家へ戻った。
屋敷はいつも通り平穏で、さっきの話は別の世界の話のようだった。私は部屋で休み、フィリエルが側にいてくれた。
ディオさんとサリアさんのその後の調べで、捕まった男の帳簿が見つかり、キールス侯爵との繋がりが明るみになったそうだ。
男は侯爵家で働かなくなった人に職を斡旋しただけだと主張し、侯爵へは紹介料を払っていたと言い続けているが、金額が大きい為それだけでは理由がつかない。
明日、メルヒオール様と青藍騎士団の団長であるメルヒオール様の叔父様と一緒にキールス領へ向かい、父は拘束されるとのことだった。
恐らく刑が確定すれば、爵位剥奪、領地は没収され、投獄。兄は関与していなければ辞職はさせられないそうだが、周囲の目は厳しいものとなるだろうと。
「人を人として見ない人達だったから、こんなことになったのよ。ちゃんと罰を受けるべきだわ」
フィリエルは静かにそう言った。




