013 恋文?
フィリエルは少し頭を休めたら落ち着いたらしく、数日前から漬けていた蜂蜜レモンとクルミで焼いたパウンドケーキを美味しそうに口に運び喜んでくれた。それから、紅茶を飲み一息つくと、サリアの話をした。
「サリアは無事です。もうディオ達と合流したみたい。アジトを突き止めて、全員縛り上げて、売られる直前だった人達を助けたそうよ。でも、もう少し調べたいことがあるからキールス領に残るんですって」
「無事で良かったわ。その……。人身売買って、この国では多いことなのかしら?」
「どうかしら? ラシュレ領では騎士団があるから大きな犯罪は聞かないわね。領民は退役した騎士が多いし、ただの農民に見えて正義感溢れる元騎士だったりするわ。だから、どこで犯罪を犯そうとしてもすぐに見つかってしまうのです」
「そうなのね。キールス領は小さな自警団しかないから、狙われやすいのかしら?」
「これを期にお兄様が騎士を派遣してくださるわ。それはしっかり兄に任せておくとして……。ヴェルネル様のお手紙は、どんな恋文でしたの?」
フィリエルは瞳を瞬かせながら熱い視線を私へと向ける。
「こ、恋文だなんて。レンリが盛って言っただけよ。……でも、嬉しかったわ。ヴェルネル様は私の事を随分と前から気に掛けてくださっていて」
「そう。良かったわね。ヴェルネル様に婚約を申し込まれた時、コレットは喜んでいましたから。ヴェルネル様は、宮廷魔導師としてのエリート街道まっしぐらですから、きっとダヴィア侯爵も彼には逆らえないと思いますわ。家を出るとも仰っているのですし」
「でも、そう簡単に家族と縁を切るなんて、出来ないと思うし、私のせいでそうさせるなら心苦しいわ」
私と似た扱いを父親から受けていたとは言え、家族を自分から捨てることには、相当な覚悟と意志がいる。私は家族の方から切り離してくれたから家を出られたけれど、自分の意思だけでは出来なかったかもしれない。
「現在の宮廷魔導師長は、平民の出なの。前魔導師長の弟子として仕えていたけれど、王妃様の病を治したとかで大出世した方よ。貴族とか好きじゃないらしいし、完全に実力社会なのよ。学園だって、魔法学科だけだけれど、今の魔導師長になってからは平民も受け入れるようになったのよ。爵位なんかなくてもヴェルネル様は変わらないわ」
「そうなのね」
「浮かない顔ね。嬉しくないの?」
「嬉しかったわ。でも、どうしてかしら。想像できなくて。ヴェルネル様をお慕いしていた気持ちは、キールスの屋敷を出る時に、戴いたドレスと一緒に置いてきたつもりでいたから。それに、ヒルベルタや、……ガスパルのこともあるから」
「そう。やっぱり、切り離して考えることは難しいわよね。でも先ずは、ヴェルネル様とどうなりたいかだけ考えてみたらどうかしら? ――だけど、そうやって後ろ向きなことばかり考えてしまうのって。もしかして、他に気になる方でもいるのではないかしら?」
「えっ」
フィリエルはじっーっと私の瞳を覗き込んで微笑んだ。
「レンリでしょ!」
「何でレンリなのよっ」
「あら。イマイチな反応ね。コレットはレンリを男性として見ていないものね。可哀想なほどに」
「分からないわ。あ、レンリと言えば。私のせいで、ガスパルの剣を折った罪を被せられそうなの」
「きっとヴェルネル様がいい案をくださるのではないかしら。ガスパルの事は、ヴェルネル様が一番よく知っているでしょうし。レンリの事を聞いた時、とても怒っていらしたから」
確かに、レンリとヴェルネル様の間には見えない絆が感じられた。頼りのメルヒオール様は、ただ笑っていただけだし。
「明日は……」
「パイでも焼いていったらどうかしら? ヴェルネル様、喜ぶのではないの?」




