012 ヴェルネルの手紙
メルヒオール様はお腹を押さえたまま、エミルを待たせていると言い訓練所へ戻っていった。
今日と明日、私とレンリの仕事はお休みにしてくれたそうなので、私達は遅い朝食をいただくことにした。
「レンリ。ガスパルの剣の事なのだけれど、迷惑をかけてしまってごめんなさい」
「別に、コレットからかけられた迷惑だとは思っていませんよ」
「でも、折ったのは私だから」
「……ふっ。そんな事より。メルヒオール様が、あんなに笑うとは思いませんでした」
「私も。――そうだわ。ラシュレ家の仕事はどうするの?」
「まだ決めかねています。正直に話すと、ヴェルネル様からかなりの金額をお借りしているんです。返す必要はないと仰られても返したいと思っていますし、自分の学費ぐらいはどうにかしたいんです。なので、働いても良いと言ってくださるなら続けたいですね」
「そう。それなら、これからも同僚ね」
「はい。よろしくお願いしますね」
レンリの笑顔を見れて少しだけ安心した。でも、私の大切な人達ばかり傷つけようとするガスパルが許せなかった。
食事の後は、昨日フィリエルと約束したお菓子を作り、それから部屋でヴェルネル様の手紙を読むことにした。
一枚目の手紙は、レンリにキールス家へ執事として働いてくれないかという依頼だった。
レンリの立場を利用して申し訳ない。無理にとは言わないけれど、この頼みを聞き達成できたなら、貸した金の返還はしなくて良いと書かれていた。
それから、私の事も書かれていた。
婚約者にしたい女性が、学園にも通わせて貰えず、家族間の問題を抱えている。内側から、彼女の置かれた環境を見て伝えて欲しいと。
彼女は幼少の頃に病で倒れ、それから家から出して貰えなくなった。しかし、会う度に成長していく彼女は聡明で淑やかで……って。
段々恥ずかしくなってきて、一度手紙を閉じてしまった。
二通目の手紙は、レンリが働き始めてから書いた手紙の返事の様だった。私が妹に侍女のように扱われていることや、食事も一緒に摂っていないことを知り、すぐにでも婚約を申し出ることを決めたと書いてあった。
そして、会話が禁じられているけれど、私の話し相手になってあげて欲しいと書かれていた。
レンリは知っていたんだ。使用人が私との会話を禁じられていることを。
三通目と四通目は私の婚約式のドレスの相談をしている。婚約を申し込んだ後の私の様子がどうだったかとか。レンリは何て答えたんだろう。
その次は……今朝読んだレンリの手紙の返事だ。
『機転を利かせコレットを守ってくれてありがとう。君は頼んだ任務を完遂した。ベルトット家のことは心配しないでくれ。君の兄達と共に守ることを誓うよ。
宮廷魔導師の補佐官に空きが出た。その任に就くことが出来れば王都に屋敷が与えられる。要職に就けば誰にも邪魔されない力を手に入れられるだろう。
今回は不甲斐ない結果になってしまったことを深くお詫びする。私は、環境が整ったらコレットを迎えに行きたいと思っている。こちらこそ、勝手な願いではあるが、どうかそれまで彼女の執事であって欲しい。
今、コレットは自由を満喫していると書いていたね。私の事は伝えず、彼女のやりたいように見守ってあげて欲しい。
正直なところ、私が補佐官になれるか確証はない。彼女に無闇に期待させ、自由を阻害したくない。それに、自分の口から彼女に伝えたい。
彼女が広い世界を見た後でも、私を選んでくれるかは分からないが、私は彼女を諦められないのだ。
君には無理なお願いをしてばかりで申し訳ないが、そうしていただけると有難い。最終的な判断は君に任すよ。君を信じている。』
その後の手紙は、ガスパルとヴェルネル様の近況、そして準備が出来たので、豊穣祭で待ち合わせしたいと書かれていた。屋敷に招くのは私の了承を得てからにしたいとも。
私の知らないところで、こんなに私の事を想ってくれていたとは知らなかった。
そして、手紙が進むにつれて、レンリとヴェルネル様の信頼も厚くなっているように感じた。
でも、ヴェルネル様の優しく温かい心を向ける相手が、私なんかでいいのだろうか。私にその価値があるのか分からなくて、自信がなくて。嬉しいけれど喜べなくて、心が苦しい。
手紙を握ったまま思いを馳せていると、本館の執事のブレオさんが私を呼びに来た。フィリエルがお茶の用意をして本館の庭園で待っているそうだ。
私はヴェルネル様の手紙を、大切に折り畳み引き出しに仕舞い込んで、部屋を後にした。




