011 隠し事は
私がハミルトンさんに手紙の内容を伝えると、連絡を受けたメルヒオール様は食堂に戻り手紙を確認すると指示を出した。
キールス領へと、青藍騎士団の精鋭部隊の数名とディオさんを派遣してくださるそうだ。ラシュレ家の使用人の為に騎士団は動かせないので、正式な騎士団としての動きではなく極秘で発ち、案内はサリアさんの伝書鳩に任せていた。
狼狽えるフィリエルであったが、メルヒオール様は落ち着いていた。サリアさんは魔法も使えて体術も得意だそうなので、心配しなくて良いとフィリエルを諭している。
「サリアならきっと大丈夫よね。……でも、やっぱり心配だわ」
「そういえば、私も屋敷を出た後、変なお爺さんに声をかけられたわ」
「えっ。コレットも?」
「でも、レンリが助けてくれて」
レンリへ目を向けると、あのときの事を思い出したのか、苦笑いを浮かべていた。
「あのまま放っておいたら、あのお爺さんは怪我では済まないかと思いまして」
「まぁ。その時コレットが捕まえていたら、サリアは拐われなかったかもしれないじゃない」
「それは……そうですね。ですが、追い出されてすぐ問題を起こすのはやはり避けたいと思いまして、自警団に任せてしまいました」
「それもそうね。何だか、色々なことが起きて疲れてしまったわ。私、部屋で休むわ」
フィリエルは頭を抱えながらフラフラと立ち上がり、レンリもそれに続いて席を立った。
「お送りしますよ」
「結構です。一人で戻れます。――コレット。お茶の時間にまた来ます。ヴェルネル様の手紙のお話、聞かせてくださいね」
フィリエルは力なく微笑むと食堂を後にした。
お茶会までに、昨日フィリエルにリクエストされた、とびきり甘いお菓子を作ろう。何を作ろうか考えていると、背後から声をかけられた。
「手紙とは、昨夜の手紙のことか?」
「め、メルヒオール様、いらしたんですねっ」
たまに気配を消すメルヒオール様。
食堂の壁に寄りかかり外を眺めていた。
レンリも忘れていたみたいで、急にキリっとしている。
「えっと。レンリがヴェルネル様とやり取りしていた時の手紙です」
「主君からの手紙を渡していいのか?」
「はい。ヴェルネル様も僕の手紙をコレットに渡したのでお互い様ですし。読めばヴェルネル様がどんな人か分かると思いましたので。――メルヒオール様。今まで隠していて申し訳ありませんでした。今日でこちらの執事を辞めさせてください。ラシュレ家に仕える資格は僕にありませんので」
メルヒオール様は剣の柄に手を添え思案している。
剣に触れると落ち着いて考えがまとまると話していたので無意識なのだろうけれど、レンリはその所作に息をのんでいた。
「エミルの事は、何と報告したのだ」
「へ? あ、メルヒオール様の知人の子供だと報告しています。両親を失い、コレットによく懐いていると」
「そうか。……ならば辞めずとも良い。ここへ来る時に言ったはずだ。君達にも事情があるようだが、興味はないと。俺は、エミルの付き人として君達が必要であるから同行を求めた。エミルの秘密を吹聴するような輩であったら容赦しないが、そうでないのなら構わん」
「構わない……とは?」
「好きにしろ。辞めるなり続けるなり、学園へ戻るなり。ただ、エミルの事も少しは配慮してやってくれ」
「は、はい」
呆気に取られた顔でレンリは戸惑い、私が笑顔を向けていることに気が付くと、気まずそうに顔を反らした。
「そうだ。ガスパルの剣の事はどうするのだ?」
「向こうの出方次第ですが……」
レンリは言いかけて私を見るなり口を噤んだ。
「あの。ガスパルの剣がどうしたのですか?」
「レンリが折ったと――」
「何でもありません。気にしないでくださいっ」
メルヒオール様の言葉に被せる様にレンリが口を挟む。レンリがまた私に隠し事をしようとしていることに少し腹が立った。
「レンリ。隠し事はしないのではなかったの?」
「ですが……。分かりました。言いますよ。僕が執事の立場を利用してガスパルの剣を折ったことにするそうです。それで免職を免れるかは知りませんが、ガスパルはそう言い逃れるつもりだそうです」
「な、何て事を。私が折ったのに!」
「は?」
「あ。わ、私が折ったんです。ガスパルの剣」
メルヒオール様は顔をひきつらせた後、笑った。
しかも、お腹を抱えて。
「ちょっと笑い過ぎです」
「……くっ。すまない」
謝りながらも、笑いが止む気配は全く無い。
笑っている場合ではないというのに。
「もう。レンリ、どうしましょう?」
「僕にどうこう出来る話ではないのですが、ヴェルネル様なら相談に応じてくれるかと、淡い期待を抱いています」
なるようになりますよ。と言って、レンリは力のない笑顔を見せた。




