010 全部貴方が言ったこと
レンリは自分で決めて、側にいてくれたのだ。
そう分かると、何故だか涙が止まらなくて、フィリエルの胸で思いっきり泣いてから、二人で東館へ向かった。
食堂は朝食の支度が整っているけれど、エミルはいないしミシュレおばさんもいない。
ただ重い空気の中、朝食に手を着けずに向かい合って座るメルヒオール様とレンリがいた。
「お前達も座れ」
「あの。エミルは……」
「ディオに預けた。怪我をさせたら殺すと言ってある」
メルヒオール様の、殺すと言うフレーズにレンリがビクッと肩を強張らせた。
「メルヒオール様。昨日もご迷惑をおかけしました。部屋まで運んでいただきありがとうございます」
「ああ」
メルヒオール様は返事をするも、鋭い視線はレンリに向けられたまま口を閉ざした。
「お兄様。今は何の時間ですか?」
「レンリの朝食の時間だ。君たちの分もあるぞ」
「そんな怖い顔をしていたら喉を通りませんわ。昨夜のヴェルネル様からの手紙には、何て書かれていましたの?」
「…………訓練に行ってくる」
メルヒオール様はヴェルネル様からの手紙をテーブルに置くと、食堂を出て行った。
「もう。朝から鉄仮面なのだから。――えっと。明日、今後の事を相談したいから、コレットとレンリを迎えに来るって書いてあるわ。ラシュレ家の使用人としての仕事を一日休ませて欲しいって。それにどうして今の状況になったかも軽く書いてあります。ヴェルネル様の命でレンリは動いただけだから、質問は明日、自分に言って欲しいっですって。レンリ。昨日は休めましたの?」
「はい。ヴェルネル様の手紙を読まれて、解放されました。自室で休みましたよ」
休んだという割には顔色が悪い。
それに、レンリは私の方を見ようとしなかった。
「レンリ。あのね」
私がレンリに言葉を掛けると、レンリはテーブルぎりぎりまで勢い良く頭を下げた。
「コレット……様。今まで騙していてすみませんでした。僕は実家の資金を稼ぐために、ヴェルネル様から仕事をいただきました。お金のためにキールス家で執事をしていました。執事の守秘義務なんて一切守りませんでした。コレット様がどのような状況か全てヴェルネル様に報告していましたので。――僕は今日でここの執事もコレット様の執事も辞めます」
「学園に戻るの?」
「それは……。どうでしょうか。僕の事はお気になさらず。今まで申し訳ありませんでした」
レンリの肩が微かに震えていた。
謝って欲しいことなんて、何もないのに。
「何で謝るのよ。今までありがとう。始まりは何であれ、レンリはずっと私を守ってくれていたわ。偽物が本物になるって言ってくれたわよね。それ、レンリもなのでしょう?」
レンリは俯いたまま首を横に振り、涙を手で拭っている。
「こんな事で怒るわけないじゃない。ねぇ。自分で自分を悪者にしないでよ。何も悪くないのにっ」
「止めてください。さっきから……」
「そうよ。全部貴方が私に言ったことでしょ。レンリ、私は何も怒っていないし、むしろ感謝してる。今まで通り。いいえ。後ろめたいことなんて何もなくなったのだから、これからは何でも私に相談して。友人として。ね?」
涙を拭って顔を上げたレンリと、やっと視線が交わった。
「……はい。コレットが、許してくれるなら」
「だから許すも何も無いでしょ。――これ読んだわ」
「な、何でそれを……。ヴェルネル様ですね」
ヴェルネル様から預かった手紙を見せると、レンリは顔を真っ赤にして私から手紙を奪うと、食堂を飛び出していった。
そして、暫くすると普段通りの落ち着きを取り戻したレンリが、手紙の束を持って戻ってきた。
「これ、ヴェルネル様からの手紙です。これで全部隠し事はおしまいです。もう何も嘘を吐かなくていいと思うと、気が楽です」
レンリは安堵の溜め息と共に苦い笑顔を溢した。
「そう。良かった」
「自室でお一人で読まれた方が良いと思いますよ。ヴェルネル様からの熱烈な恋文ですから」
「へっ?」
「あら。私も読みたいわ!」
「フィリエル様。不粋な真似はしないでください」
「ええ。分かってますわ。――あっ。サリアの伝書鳩だわっ。良かった」
フィリエルの視線の先には、窓をつつく白い鳩がいた。レンリはそれを見て驚いていた。
「サリアさんって、伝書鳩を送れるんですか?」
「そうよ。もと宮廷魔導師なの。でも安心したわ。キールス家を追い出されたって聞いていたから。朝の定期連絡がなければ、兄に相談しようと思っていたの」
「追い出されたって?」
「ヒルベルタがサリアの小言に耐えられなくなったそうなの。――えっと。……ぇ」
フィリエルは手紙を開くと、青い顔で固まってしまった。
「どうしたの?」
私は横から手紙を覗き込んで読み上げた。
「人拐いに捕まりアジトに潜り込みました。心配なさらず。応援不要って。……ぇえ!?」




