幕間(ヴェルネル)
屋敷に戻ると、使用人が玄関の外で私を待っていた。ガスパル達に追い出されたそうだ。
二人が待つ客室には鍵がかかっていた。軽くノックし声をかけると、暫くしてからガスパルが扉を開けた。
「兄様っ。お待ちしていましたっ」
「お楽しみ中、悪かったな」
「ち、違います」
サッと目を逸らす仕草は嘘を吐いている時だ。
それから、ガスパルの後ろから煩い声が聞こえてきた。
「ヴェルネル様っ! 酷すぎますわ。義理の姉として、婚約を破棄されてしまったガスパルを慰めてあげていただけですわ。ヴェルネル様がどこかへ行ってしまわれて、私も悲しくて、ガスパルに愚痴を聞いてもらっていましたの」
「もう愚痴を言う必要はない。私はダヴィア家を出るつもりだ。家同士の婚約は成り立たないぞ」
「ええっ。そんなぁ。……でも、それならガスパルが当主になるのかしら? フィリエルはやっぱり諦めて、私にしちゃえばぁ?」
落ち込んだかと思えば、ガスパルに腕を回して猫なで声を出す。しかし、ガスパルはその手を鬱陶しそうに振り払った。
「ふざけるなって。ヒルベルタとは無いからな。俺は、フィリエルがいいんだ」
「浮気しておいて、フィリエルに合わす顔などないだろ?」
「だから浮気じゃないですから。俺は一方的に好かれているだけで、俺の気持ちはフィリエルにしかありませんから」
どんな理屈で物を言っているのだろうか。
我が弟ながら呆れてしまう。
「でもぉ。フィリエルの気持ちはガスパルにないと思うけど? さっき私とキスしてたの、見てたわよ。覗きなんて下品よね~」
「な、何でその時言わないんだよ」
「言えるわけ無いじゃない。口が塞がってたんだから。フィリエルの顔、見せてやりたかったわ。あれはもう修復不可能ね」
「お前……。見せ付けてやればフィリエルは嫉妬するって言ったじゃないかっ」
「そうだけどぉ。キスしてるとこ見られるのは駄目でしょぉ?」
私は何を聞かせられているのか、馬鹿馬鹿しい。
「ガスパル。喧嘩なら外でやれ。それから、今後この屋敷には出入りしないでくれ」
「兄様っ。そんなっ――」
ガスパルの肩に触れ、門外へと転移させた。
もう一人は触れたくもないので使用人に頼んで追い出してもらった。
呆れて言葉が出てこない。浮気じゃないと堂々と言うガスパルを理解できなかった。
フィリエルの為に無茶をしているのかと思っていたが、根本的に間違っている。
もう私にしてやれることはないと知った。
やっとコレットと会えたのに、私も彼女も家族に恵まれなかったのだと、つくづくと感じた。
私は、子供の頃から人の顔色を窺ってばかりいた。
祖父は近衛騎士の隊長だったそうだ。隊長まで登り詰めることが出来なかった父は、私に全てを託そうとした。
しかし、私は体を動かすと直ぐに息が上がってしまう。それでも父の期待に応えるべく、体調が優れなくても無理を重ねていく内に、剣を握っただけで倒れる程になっていき、医師からは虚弱体質といわれた。
父からは見放され、母だけは私の体質を改善すべく方々に当たり手を尽くしてくれた。
その時出会ったのが現在の宮廷魔導師長、ゲオルグ様だった。
そして、私の体質の原因が体内の魔力過多による不調であることが分かり、魔力をコントロールする術を習得してからは倒れることもなくなった。
ただ、剣を握ると過呼吸を起こしてしまい、ゲオルグ様の薦めの元、魔導師を目指すようになった。
学園に通うようになってから、ライアスと再会した。昔、短い期間であったが、ラシュレ家へ剣の稽古へ共に通っていた時に、彼と知り合った。
ライアスは身体の弱い私を気に掛けてくれていて、よく屋敷にも呼んでくれた。私がゲオルグ様と出会ってからは暫く会っていなかったが、いつも兄の真似をして剣を振り回す妹を溺愛する、真面目で優しい青年という印象だった。
しかし、久しぶりに会った彼は少しだけ変わっていた。妹のコレットは病にかかり、昔とは違うのだと、物憂げに漏らしていた。
私のように魔力過多かと心配して観察していたが、屋敷で見かけるコレットは、元気そうだった。まだ十三歳の彼女だが、体内の魔力は常人より多く秘めたる才能を感じた。しかし、それを溜め込むことはなく、自然と上手く放出している様子で安心した。
彼女はいつも妹の世話をよく焼き、菓子を作ってやっていたり、庭で妹に本を読んでいたかと思えば二人して寝てしまっていたり、とても可愛らしい人だった。妹がいない時は、自室のバルコニーで素振りをしている姿も見た。
ライアスはそんなコレットを遠くから不満そうに眺めていた。
「コレットは魔法の才がありそうだ。魔法学科に入学するかもしれないぞ」
「駄目だ。うちは騎士の家系だぞ」
「私もだが?」
「ああ。すまない。そういうつもりではなかった」
「分かっている。――私も療養生活は慣れている。それに騎士の家系ではあるが魔法学科に入った。コレットとは気が合いそうだと思わないか?」
「何が言いたいのだ?」
珍しくライアスの言葉にトゲを感じた。きっと私が何を言いたいのか察して、無意識に牽制したのだろう。でも、私は自分の気持ちを話すことにした。
「コレットと……婚約したい。コレットが学園に入ってからでは、他の人に取られてしまうかもしれない。父は私に関心はないが、騎士の家系であるキールス家との縁談は喜ぶだろう。ライアスは優秀だしな」
「……駄目だ。いずれダヴィア家から追い出されるかもしれない男に妹はやれない」
「うわぁ。ストレートに言うんだな。……なら、ちゃんとした職に就かないとならないな」
「ふん。せいぜい頑張るんだな」
二年後には学園に通うだろうから、早くライアスに認められるようにならなければと努力を続けたが、彼女が入学することはなかった。あんなに元気なのに、おかしい。
その頃から彼女を取り巻く環境に違和感を持ち始めた。




