008 イチゴタルト
「ガスパルはどうしたのだ?」
「……ガスパルには婚約破棄を告げました。書面は明日、お送りします。今はヴェルネル様のお屋敷で二人で仲良く帰りを待っていますよ」
「それは……馬鹿な弟だな。フィリエル。すまない。急用が出来たので失礼する」
「あっ……」
ヴェルネル様は振り返り様に私へ切な気な笑顔を向けると、人混みの中へ消えていった。その背中を見送っていると、後ろからまた肩を叩かれた。
「いた」
「め、メルヒオール様」
「デザートはどうした?」
「全部食べちゃったの?」
「いえ。あっ。こちらに」
噴水の縁に置かれたイチゴタルトを二人に差し出すと、エミルはメルヒオール様から降りてタルトを手にし、フィリエルに気付いて歓喜の声を上げた。
「あれ? フィリエルさんも一緒だぁ!」
「私の用は済んだから、一緒にお祭りを楽しみましょうね」
「やったぁ!」
二人は並んで座り、イチゴタルトとジュースを飲み始めた。レンリは私の方を一切見ようとせず、足りない分を買いに行くとメルヒオール様に告げると出店へ走って行く。メルヒオール様は、レンリから受け取った飲み物を一つ私にくれた。
「コレット。君の分だ。どうしたのだ。さっきからボーッとしているぞ」
「あっ。いただきます」
イチゴタルトを挟むようにして、噴水の縁にメルヒオール様と腰かけた。
さっきまでここにはヴェルネル様がいた。ヴェルネル様の気持ちを知って、レンリがヴェルネル様と連絡を取りあってたことが分かって、フィリエルの目が赤かった。
色んな情景が頭の中を駆け巡って、何から考えたら良いのか分からなくなっていた。
「それ、買ったのか?」
「はい。フィリエルがお薦めするだけのことはありますね」
甘酸っぱいイチゴと甘いカスタード。
それにサクサクのタルトは、とても美味しい。
「いや。タルトではなくて」
メルヒオール様の視線は私の首元にあって、そこにはヴェルネル様から貰ったネックレスが煌めいていた。
「あ。これは……」
「レンリからか?」
「ち、違いますよ。何でレンリが。レンリは……」
苦しかったかな。実家のことも大変で、キールス家なんかで執事までやって、ヴェルネル様との約束を守るために、ずっと私の隣にいてくれて。
だから、執事だって言っていたのかな。
ああ。また頭の中が混乱してきた。
私はカップを取りジュースを一気に飲み干した。
「はぁ……」
「そんなに一気に飲むと、すぐ回るぞ」
「はい? ふふっ。何が回るんですか?」
でもメルヒオール様が言った通りだ。
目の前がぐらぐらするし、何故か分からないけれど笑っている気がする。
「お、おいっ」
「あっ。メルヒオール様っ。コレットに飲ませましたか!? それは僕のワインです。コレットのはフィリエル様が飲んでしまったので……」
レンリの声がする。でも、声がどんどん遠退いていって、良く分からないや。
◇◆◇◆
帰りの馬車はとても静かだった。エミルは俺の膝の上で寝ているし、向の席ではフィリエルの膝を借りてコレットが寝ている。そして、コレットの首には、小さな花のネックレスが光っている。出る時は付けていなかったのに、誰かから貰ったものなのだろうか。何故かそればかり気になっていた。
「お兄様。私、ガスパルとの婚約を破棄します。明日、ダヴィア侯爵へ書面を送ってください」
「そうか。――ん?」
一瞬、言葉の意味が分からなかったが、聞き間違いではないようだ。俺を見据えるフィリエルの目には、強い決意が滲んでいた。
「よろしくお願いします」
「ああ。いいのか? あいつが騎士団に戻ってきたら」
「戻ってきません。近衛騎士になるそうです。ですが、もしも戻ろうとしても、門前払いにしてください。私はもう彼とは関わりたくありません」
剣に対して誠実さに欠けるガスパルが、俺は嫌いだった。しかし、フィリエルに対しては本気なのだと思っていた。それに、フィリエルも幼少の頃からガスパル一筋だった。
「後悔しないと約束できるか?」
「はい。後悔しない為にするのですわ」
決意は固いようだ。
しかし、免職は避けられないだろうに。
「近衛騎士には戻れぬだろう。ガスパルは行き場をなくすぞ?」
「そうですね。ですが、また誰かに罪を擦り付けて難を逃れようとしています。折れた剣は執事のせいにするそうですわ。キールス家の使用人という立場を利用して、恋敵のガスパルの剣を折ったことに」
フィリエルは冷たく言い放ち、レンリへ目を向けた。
「フィリエル様。もしかして、その執事って僕ですかね?」
「そう聞いたわ。ヴェルネル様はお怒りだったわ。同僚の弟であるレンリに罪を被せたら許さないって。でも変よね。同僚の弟だからってだけで、そんなに怒るかしら。さっき、ヴェルネル様とレンリは、とても親しいように見えました」
レンリは俯き、フィリエルは疑いの眼差しを彼に向けていた。レンリがヴェルネルと面識があってもおかしくはない。しかし、フィリエルはいつ、レンリとヴェルネルが一緒にいるところを見たのだろうか。
「さっきとは、いつのことだ?」
「お兄様と合流する直前ですわ。ヴェルネル様は、噴水の前でコレットと話していたわ。レンリが、引き合わせたのですか?」
「……はい」
「どういう事だ? レンリ」




