007 告白
ヴェルネル様は私を優しく抱きしめた後、急に慌てて体を離し、潤んだダークグレーの瞳で真っ直ぐ私を見つめていた。
「あっ。驚かせてすまない。それに……あれから、何の連絡もしなくて申し訳なかった。やっとコレットを迎えられる準備が出来たんだ。上手くいくか、正直なところ自信がなくて……君に過度な期待を持たせることも出来なくて、整ってから伝えようと思っていた」
「迎え……る?」
「ダヴィア家を出ることにした。城の要職に就き、王都に私の屋敷を与えられた。そこで一緒に暮らさないか?」
ヴェルネル様は私の手を優しく握りそう言った。
急な告白に、息を吸うのも忘れてしまい顔が熱くて目眩がして足元がフラつくと、ヴェルネル様が肩を支えてくれた。
「だ、大丈夫か?」
「ご、ごめんなさい。驚いてしまって……全部、夢みたいで……」
「す、すまない。ずっと伝えたくて、何の説明もせず早急だった。返事はゆっくりでいいのだ。それから……」
ヴェルネル様は、ローブから桃色の花のモチーフがついたネックレスを出し、私の手の平へ乗せた。
「ドレスは贈ったのに、装飾品まで気が回らず。今更ではあるが、君に似合うと思って……」
婚約式の日、私は装飾品なんて持っていなかったから、フィリエルから貰った髪飾りだけを付けていた。気にかけてくれていたなんて、嬉しくて涙が溢れてしまった。
「付けても良いか?」
「はい。ありがとうございます」
ヴェルネル様は私の首にネックレスを付けながら言った。
「父にはもう手出しをさせない。共にいたい女性は自分で決める。その為の地位は得たから、君は何も心配しなくて良い。家庭教師の職を続けたいのなら、王都の屋敷から通えばいい」
家庭教師の事を知っている?
それに、ここで会えたのもどうしてなのか、急に疑問が浮かんできた。
「どうしてその事を……」
「数年前、ライアスに君と婚約したいと相談したんだ。断られてしまったけれど、その時はライアスが君を大切にしているからだろうと思った。だから、自分なりに努力して、父の反対を無視して宮廷魔導師になった。それでもライアスは認めてくれなくて、君が学園にも通わせて貰っていないことを知って、その時、違和感を覚えたんだ」
そんなに前から、想っていてくれたんだ。
「半年ほど前、同僚の家が事業に失敗して、その弟が働く場所を探していると聞いて、私は同僚に頼んだんだ。キールス家で働いて、コレットがどんな環境に置かれているのか教えて欲しいと」
「働く……」
「それで君の現状を知って、あの家から早く君を連れ出したくて、婚約を申し込んだ。あそこまで邪魔されるとは思っていなくて、浅はかな自分が恥ずかしいかぎりだ。君にも苦労を掛けて申し訳なかった」
「あの。その、働いていた人って……」
「レンリ=ベルトットだ。君が家を追われた後も、ずっと守ってくれていた。彼には感謝している。君の事を心から案じ、自ら側で見守ることを選んでくれたのだから。私の事は言わないようにと彼に頼んでいた。補佐官に空きが出て、それに選ばれるかは定かではなかったから」
「レンリ……。そうだったんですね」
今までのレンリの行動は、ヴェルネル様の依頼だったのだ。
だから、……でも何故?
そんな言葉ばかり頭の中に浮かび上がって 心の中の整理がつかなかった。
「明後日、休暇なのだが。ラシュレ家を訪ねても良いか? レンリとは、手紙のやり取りだけで、実際に言葉を交わしたことがないのだ。それに、伝えねばならぬこともあって、二人を私の屋敷に招きたい。あ、でも家庭教師の仕事があるのか。……そうだな、私からメルヒオールに時間を作ってもらう様に伝えておく。良いだろうか?」
「は、はい」
「一度に沢山の事を伝えてしまってすまない。でも、自分の口から伝えたかった。また、迎えに行く」
ヴェルネル様にポンっと頭を撫でられた瞬間、噴水の音が耳に響いて、周りの喧騒が甦った。
すぐ目の前にはレンリがいて、こちらを見ているのに、私の視線から逃れるようにヴェルネル様だけを見ていた。
「ありがとう。レンリ=ベルトット。おや? 君は……」
「どうして、ヴェルネル様がいらっしゃるのですか?」
レンリの隣には人避けのローブを着たフィリエルがいて、涙の後が残る瞳でヴェルネル様を睨んでいた。




