006 会いたかった
「今度はあれ食べたい! あっ。あれもやりたい! あっち行こう!」
エミルはメルヒオール様に肩車して貰いながら、あちこち目を走らせて指示を出す。もうお腹いっぱいだけれど、そろそろデザートが食べたくなってきた。
「メルヒオール様はエミルと射的に。僕は飲み物を買ってきます。コレットは、何かデザートを買ってきてください。集合は噴水前にしませんか?」
「そうだな。射的は混んでいるな。先に食べていて良いからな」
メルヒオール様が私にそう告げると、エミルは身を乗り出して言葉を付け足した。
「ボクの分は食べないでよ」
「俺の分も食べるなよ」
「僕のは食べてもいいですよ」
「そんなに食べませんっ。では、また後程」
全く、失礼な人たちね。三人ともいつの間にか仲良くなって、それは嬉しいし、楽しいけれど……楽しいのだからまぁいいわね。
私はフィリエルが言っていたイチゴのタルトを四切れ買って待ち合わせ場所の噴水で待った。
お腹はいっぱいだと思っていたのに、タルトを目の前にしていると食べたくなってしまう。でも、レンリはすぐに戻ってくるはずだから、もう少し我慢しようと心に決めた時、背中をポンと叩かれた。
そしてその瞬間――周りの音が消えた。
噴水の水も、人も動いているのに、全部霞みがかって見えて、私の名前を呼ぶ声だけが鮮明に聞こえた。
「コレット」
振り返るとお揃いのローブを着たヴェルネル様がいた。夕暮れ前に、遠目で見た姿と全く同じ――ヴェルネル様が目の前にいた。
「ぇ……ヴェルネル様?」
「コレット。ずっと君に、会いたかった」
ヴェルネル様は寂しげに微笑んで私を抱きしめた。
夢? 幻? でも抱きしめられた温もりが伝わってきて……。
温室でメルヒオール様に抱きしめられた時を想起させた。
◇◆◇◆
噴水に腰を下ろし、四人分の飲み物を隣に置いた。
ヴェルネル様はコレットと話すことが出来ているだろうか。ローブを被れば周りの人から見られないように出来るのに、わざわざ魔法であの空間だけ隠してしまうなんて、ヴェルネル様の才には驚かされる。
でも、このローブを作ったのも、リングを用意してくれたのも全部ヴェルネル様だ。いくら宮廷魔導師といえど、簡単に作れる者はいない。僕が知る限り、これを即日で作れるのはヴェルネル様くらいだ。
全て知って、コレットは何を思うだろうか。
泣かせてしまうかな。それは嫌だな。
彼女は僕の嘘を許してくれるかな。
許して貰えなかったら……それも嫌だな。
顔を上げると、まだ二人は話し中のようだった。
しかし、その向こうに不自然に真っ直ぐ一人で歩く女性の姿が見えた。
「フィリエル様?」
「……レンリ」
今にも泣きそうなフィリエル様は、握った拳を微かに震わせながら、僕の名を呼んだ。
「大丈夫ですか?」
「……平気よ。知っていましたから。全部、分かってたの」
フィリエル様は溢れた涙を隠すように、僕の胸に顔を預けた。
ガスパルと何かあった事は分かるけれど、抱きしめて慰めてやることは出来ないし、行き場のない両の手を彷徨わせて、掛ける言葉も思い付かなくて、僕はただただ戸惑った。
「ふぃ、フィリエル様?」
「胸ぐらい貸してよっ。友達じゃなくても、執事なのでしょう?」
「はい……」
周りの目が気になって、僕はローブをフィリエル様にかけてフードを被せた時、射的を終えたメルヒオール様とエミルが戻って来た。
「レンリ先生みっけ!」
「コレットはどこだ?」
「あ、コレットはまだタルトを買いに行っていて」
フィリエル様はメルヒオール様に気付くと、手で涙を拭い、平静を保とうとしている。
しかし、自分が見えていないことに気付いたようで、何も言わずに僕の後ろに隠れた。メルヒオール様も気付いておらず、右手のリングの光を追って噴水を見ていた。
「いや。コレットは噴水の前にいるはずだ。リングの光がそこを指しているのだ」
「あ、あれ。おかしいですね。噴水の向こう側かもしれません」
「じゃあ。見てくる!」
エミルを肩に乗せたまま、メルヒオール様は噴水の裏手へと回ると、フィリエル様が僕の肩に手を振れた。
「レンリ。あの……」
「大丈夫ですか?」
「ええ。兄の顔を見たら落ち着いたわ。エミルを肩に乗せて……それに、あんな表情を見せるなんて。驚いて今までのことがどうでもよくなってしまったわ」
フィリエル様の瞳はまだ赤いけれど、涙は止まり普段通りの顔つきに戻っていた。言われてみて気付いたけれど、メルヒオール様はフィリエル様の前で表情を緩ませることは無かったかもしれない。
「そうですか」
「ねぇ。コレットは?」
「そろそろ戻ると思うのですが……」




