005 願い事
フィリエルは眉をひそめ溜め息をついた。まさかヒルベルタも一緒だなんて思いもよらず、申し訳なさが込み上げてきた。
「フィリエル。王都に着いたら二人きりになれるわよ」
「そうね。嫌な馬車の旅になりそうだわ。……コレット。ちょっと付いてきてくれますか?」
「ええ」
フィリエルは廊下の端の窓の前で立ち止まり外を指差した。
「ここからなら誰が来たのか見れるのよ。ほら、ダヴィア家の馬車。あ、やっぱり」
馬車の前にはガスパルとヴェルネル様がいた。
ガスパルは町へ行く用な軽装で、ヴェルネル様は、キールス家に遊びに来る時みたいに、きちんとした身なりをしている。
懐かしい。いつ振りだろう。彼を見るのは。
「ヴェルネル様なら、馬車を降りて迎えてくれるだろうと思ったわ。……もし、コレットがまだヴェルネル様に思いがあるなら、ヒルベルタの婚約を破談に追い込むけれど、どうしたいかしら?」
「フィリエル。私はそんな事は望んでいないわ。それはヴェルネル様が決めることだし。……それに、らしくない事を言わないで」
フィリエルは窓の事を見たまま、クスっと微笑み、そうよね。と声を漏らした。
「ごめんなさい。でも、ガスパルみたいに卑怯な真似をして陥れるのではないわ。――そうだわ。明日はまた、コレットの作ったお菓子が食べたいわ」
「何がいい?」
「うーん。とびきり甘いお菓子がいいわ」
「分かったわ。考えておくわね」
「うん。楽しみにしているわ」
フィリエルは私をギュッと抱き締めると、いつもの笑顔を見せた。
◇◇◇◇
夕陽で染まる赤い空を馬車の中で眺め、暗くなり始めたころに王都に到着した。人がいっぱいいて、あちこちから美味しそうな香りがして、こんなにワクワクしたのはメルヒオール様の武器庫以来だった。
私とレンリは、人避けのローブを着ている。
フードを被ると、認識し辛くなるらしい。
そして、もしもの時に私達を見つけられるように、私とメルヒオール様は赤い宝石のついたリングを着けて、レンリとエミルはオレンジの宝石のついたリングを着けた。
互いのいる方角へうっすらと赤い光が伸びていて、はぐれた時に探せるようになっている。
本当は二つともメルヒオール様が着ける予定だったのだけれど、エミルも着けたいと駄々をこね、こんな組み合わせになった。
それから、私は青い紐のブレスレットをレンリからもらった。これが熱を帯びると、ヒルベルタとガスパルが近くにいると分かるそうだ。
「サリアさんに協力していただいて、ヒルベルタの服に縫い付けてもらいました。熱くなったら、すぐにローブを被ってくださいね」
「分かったわ。レンリはサリアさんと連絡を取っているの?」
「いえ。フィリエル様を通してお願いしました」
「そっか。ヒルベルタは、サリアさんに迷惑をかけていないかしら」
「かけてると思いますよ」
レンリは顔を引きつらせて答えた。聞いた私が悪かった。折角お祭りを楽しもうとしているのに、レンリに嫌な顔をさせてしまった。
「そうよね。ごめんなさい」
「ねっ! 先生っ。行こう」
「ええ」
エミルに引っ張られて、私は人で埋め尽くされた街道を進んだ。エミルはメルヒオール様の背中を目指して走っている。
まずは、街の中央に焚かれた火に願い事を捧げに行くことになっていた。
葉っぱに願い事を書いて、それを火に入れる。
早く燃え尽きるとすぐに叶い、遅く燃え尽きると、ゆっくりと叶う。燃え残ると、今年は願いは叶わないと言われているそうだ。
「ボクは強くなれますようにって書いたよ。先生は?」
「私は、みんなが健康に過ごせますようにって書いたわ」
「自分の為の願いを書け。やり直し」
メルヒオール様は私から葉っぱを奪うと、焚き火に投げ込み、それはあっという間に燃え尽きた。
でも、これなら私の願いは叶うのかな。
それとも――。
「あっ!? これはメルヒオール様の分になってしまうのですか?」
「書いた人の分だ。しかし、一人ひとつとは決まってない。もう一枚貰ってこい」
「ねぇ。メルヒオールさんは何て書いたの?」
「俺はいい」
「えーっ! じゃあ、ボクが代わりに書いてあげるよ」
エミルは葉っぱを私の分と二枚もらって来てくれた。そして拙いながらも願いを書いた。
みんなでずっと一緒にいられますように。って。
「いいでしょ? あっ。レンリ先生のは、……許されますように? 何か悪いことしたの?」
レンリはエミルに見られたことが分かると、すぐに焚き火へ放り投げた。その葉は、ゆっくりと燃え尽きていく。
「見間違えじゃないですか? で、コレットはどうするんですか?」
「私は……。見ないでね。秘密なんだから」
私は皆に見えないようにこっそりと書いた。
個人的な願いならこれしかない。
メルヒオール様と手合わせが出来ますように。と。
今の自分じゃ無理だけど、いつか昔みたいにやってみたいから。
書き終えた瞬間、葉っぱは背後からスッと引き抜かれた。見ないでと言ったのに酷い。
「ちょっと。レンリっ!?……ぇっ」
振り向いたらメルヒオール様が私の葉っぱを持っていた。そして呆れた様に溜め息を吐くと、また勝手に焚き火へと投げ込んでしまった。
「あっ」
「あー。コレット先生の見れなかったじゃん。メルヒオールさん。何て書いてあったの?」
「さぁ? お、燃え残ってるな」
「ええっ!?」
「あっ。ボクのも残っちゃってる……。みんなでずっと一緒にいられないのかな」
「そんなもの迷信だ。次に行くぞ」
「あ。何か食べたい!」
さっきまで、しょんぼりしていたエミルが一瞬で復活した。
「メルヒオールさん。甘いのは最後だからね」
「好きなものは先に食べる派だ」
「えっ。意外ですね」
「べ、別に甘いものが好きな訳では無いぞ!?」
「いえ。そっちではなくて……。あ、あれ食べたいです」
男三人で楽しそうに会話している後ろ姿を横目で見やり、私は拾った木の枝でエミルの願いの書かれた葉っぱを火の中へとつついた。ちゃんと叶うといいな、と願いながら。




