004 退場
「メルヒオール様。僕とコレットは、サウザンの騎士に縛られました」
レンリの言葉で我に返ったメルヒオール様は、私から離れ、私とレンリを縛っていたロープを無言で引き千切ると、イリヤ様の方へ歩き出した。
その後ろ姿は戦場へ向かう騎士そのもので、レンリは素手で千切られたロープとメルヒオール様を交互に見やり、青ざめていた。
外では既に、三名の騎士が戸惑うイリヤ様の前で土下座している。
「コレット先生っ。大丈夫っ!?」
駆けてきたエミルはその勢いのまま心配そうに私へと抱きついた。
「うん。大丈夫よ」
大丈夫と言葉を返したけれど、収まりがつかない心臓に戸惑うばかりだった。
◇◇
エミル達は、訓練所の武器を見たイリヤ様が、私に会いたいと言って皆で温室に来たそうだ。
イリヤ様はメルヒオール様の使用人を傷付けた部下を躊躇することなくその場で処刑すると言ったが、それは私とレンリで止めた。
レンリは自分で転んで怪我をしたそうだし、エミルが怯えていたから。それに、私達を襲った部下達は、まだ見習いの荷運びの若い青年達だった。
彼らは私とレンリに謝罪し、イリヤ様は無関係で、自分達が勝手にしたことだとメルヒオール様に訴え、即刻この場から消え国へ帰り二度とこの地に足を踏み入れ無いことを誓った。
しかしイリヤ様は、それでは許されないことだと否定した。
「私も帰還します。ラシュレ公爵様。ご迷惑をおかけしました。それから……」
イリヤ様は私の前に来て手を取った。
「コレットさん。ごめんなさい。部下が大変なことを。それから、エミル様から聞きました。……メルヒオール様から剣を授かったそうですね」
一瞬なんの事か分からなかったが、エミルが自分の腰に差した黒檀の剣を指差し教えてくれた。
「あ、はい」
「どうか大切になさってください。その剣と共にあの方の心も」
「へ?」
イリヤ様は目に涙を浮かべながら、メルヒオール様に謝罪すると、騎士達を連れて去って行き、メルヒオール様も見送る為……というよりは監視する為と言った雰囲気でその後についていった。
「レンリ。今のは……?」
「騎士の考えることは分かりません。ですが……愛する人に剣を贈る風習でもあるのではないですか?」
「えっ。あれはそういうのではなくて……」
賭けの景品みたいな物だった。勝ったら剣が貰えて、私が負けたら……何だったかしら。
「コレット先生! メルヒオールさん、イリヤ様に言ってたよ。豊穣祭は約束があるから、案内は出来ないって」
「それはエミルのことでしょ。だから――」
「違うよ。イリヤ様もそう言ったんだけどね。ボクだけじゃないって。他にも大切な人と約束してるって言ってたんだ。だから、コレット先生とレンリ先生の事だよ!」
私とレンリを順番に指差し、エミルは得意気に言った。
「そうですか……。困りますね。変な虫に好かれるのは」
「メルヒオールさんは、コレット先生には変な虫じゃないと思うよ。他の人には変な虫だけど」
「僕からしたら変な虫ですよ。――そうだ。コレット、フィリエル様がお待ちなのではないですか?」
「あ。いけない。行かなきゃ」
「じゃあ、支度が終わったら、すぐに戻ってきてね!」
「はい」
◇◇
フィリエルはイリヤ様が帰られた話を聞くと驚いていたが、ご縁がなかったのね。と言い、サラッと流していた。今までもそうだったのかもしれない。
そしてメイドが今日着る洋服を運んできてくれた。お祭りの時に街娘が着るような伝統的な模様が刺繍された服を私の分も用意してくれていた。
サリアさんはいないけれど、他のメイド達も手際がよく、また魔法のように着替えさせられ化粧までしてもらった。それに、フィリエルは意外な物まで用意してくれていた。
昔、二人で作ったリボンのイヤリングだった。
「懐かしいわ。どうしてこれがあるの?」
「サリアに頼んで送って貰ったのですわ。他にも何かありましたらサリアに頼みます」
サリアさんは今、キールス家で働いているから、私の部屋から持ち出してくれたのだ。
「フィリエル。ありがとう。他にはないわ。――ねぇ、今日は……」
「ガスパルに私の気持ちを伝えようと思います。それから、彼に聞きたいことがあるの。彼が誠実に答えてくれるかは分からないけれど、そうであることを願うわ」
「そう……」
「私の事は気にしないで。エミルと楽しんできてね。――ねぇ。コレットはこの衣装を誰に見てもらいたい?」
「誰に?」
お祭りに誘ってくれたメルヒオール様の顔が、パッと頭の中に浮かんだ。それから、先程の温室での出来事が頭を過る。
「レンリ? それとも……」
「エミルよ。フィリエルは?」
「私は、やっぱり……ガスパルに見て欲しい。今日を最後にするつもりだから。貴方の婚約者はこんなに素敵なんだぞって見せつけてやりたいの」
そう言って胸を張り誇らしげに笑顔を見せるフィリエルは、少しだけ憂いを帯びた瞳をしていた。
「そっか。とても素敵よ。フィリエル」
「ありがとう」
互いに微笑みあった時、扉がノックされて執事の声がした。
「ガスパル様がお迎えに見えました。ヴェルネル様とヒルベルタ様もご一緒です」




