003 サウザンの騎士
温室はずっと放っておいていたらしく、雑草取りだけでも大変で、途中でお昼を挟むことになった。食堂へ行ってミシュレおばさんお手製のサンドイッチを二人分もらって温室へ戻る。
レンリはまだ中で作業中みたいで、私は温室の前にシートを敷いてサンドイッチの入ったカゴを置いてレンリを呼びに行った。
「レンリっ。お昼にしましょう。レンリ?」
呼び掛けても返事はなくて、中へ入ると花壇の裏にレンリが倒れていた。
駆け寄ろうとしたら背後から気配を感じて、咄嗟に前へ飛んで振り返ると、私の顔の横をロープが掠めた。
「あっ……」
相手は二人、サウザンの騎士。
一人はロープを手に持ち、私を捕らえようとしているみたい。目が合うと一瞬怖じ気づいたから、その隙にロープを掴んで引っ張り、体勢が崩れたところで相手の腰の剣を抜いて眼前に切っ先を向けた。
男は手を上げ腰を抜かしてその場に崩れ落ち、後ろの騎士は剣を抜き私へ向けた。
「何のつもりですか?」
「こ、ここで大人しく捕まってもらう」
剣を向けられるとは思っていなかったのだろう。
面食らった様子で私を睨んでいる。
でも、何処か余裕が見られるのは何故だろうか。
そう思った時――。
『そうだっ。剣を下ろせっ。悪いようにはしない』
三人目の声が後ろからした。
レンリの隣にももう一人騎士がいる。
流石に分が悪い。私は諦めて剣を地面に捨てた。
「祭りにはイリヤ様が行かれるんだ。君達には申し訳ないが、一晩ここで大人しくしていてもらう」
ロープで後ろ手に縛られ布を噛ませられると、温室の中央の柱まで歩かされ、腰にロープを巻かれレンリと一緒に細い柱に縛り付けられた。
気絶しているレンリの頭が私の肩に倒れ来て、額に付いた血の跡が視界に入った。
「んっ――」
「大人しくしていろ。これ以上手荒なことはしたくない。君達は二人で祭りに行ったけれど誰とも会わなかった。という事にしてくれ。これは報酬だ。明日の朝には解放する」
騎士達は外にあったバスケットを雑に中へ投げ込むと、温室の扉を固く閉め去っていった。
私は肩でレンリを揺すり起こした。
「んーっ。んっ」
「……っ。に、コレット? だっ大丈夫ですか。怪我は?」
「んーん」
怪我をしているのはレンリで私じゃない。
でも、口を塞がれていて話せなかった。
「大丈夫そうで何よりです。……痛っ。すみません。多分抵抗した時に頭をぶつけました。向こうも傷付ける気は無かったみたいでしたし、大した傷ではないんですけど。……コレット。向こうを向けますか?」
レンリは口で結び目をほどいて、私の口に結ばれていた布を取ってくれた。
「レンリ。頭から血が出てるのっ。凄く痛そうなのだけれど」
「大丈夫ですよ。――すみません。こうなったのは僕のせいなんです」
「どうして?」
「コレットが食堂へ行っている間に、三人の騎士が頼みに来たんです。エミルがどうしても僕達と行きたがっているらしくて。報酬は出すから、イリヤ様にも他の使用人にも内密に、二人で身を隠して欲しいって」
「じゃあ、イリヤ様は知らないのね」
良かった。憧れの女性騎士様が企てた事だったら悲し過ぎる。きっとイリヤ様を想って行き過ぎた行動を起こしてしまったんだ。
「はい。……ですが、僕はどうしてもお祭りに行きたいので出来ないと断ったんです。そしたら縛られました。すみません。嘘でもいいから従っておけば良かったです」
「そう。お祭りへ行く前に、フィリエルと一緒にお支度をしましょうって約束をしているの。だから、ティータイムになったらフィリエルが探しに来てくれると思うわ」
「そうですか。良かったです。あの……守るとか何とか言っておいて、何も出来ず。すみませんでした」
「そんな事……。あっ! 私、スカートの中にナイフを持っているの。平和すぎてすっかり忘れていたわ。レンリ。取れるかしら?」
家を出る時に貰った鞄に入っていたナイフは、いつでも使えるように腿に着けていた。
「えっ。僕が取るんですか? 嫌です」
「でも、私じゃ届かないもの。恥ずかしがってる場合ではないでしょう」
足をレンリの方へ向けると、耳を赤くしそっぽを向いてしまった。
「フィリエル様を待ちましょう。急ぐ意味も特にありませんから」
「それもそうね。でも、どうしてここまでするのかしら」
「さぁ? 常に力業でくる騎士の思考回路は理解できません」
レンリが呆れて項垂れた時、外から声がした。
『コレット先生~。あれ? いないよ。扉も閉まってる』
「エミルの声だわ」
「すぐに出られそうですね」
そのすぐ後に扉が開かれ、メルヒオール様が顔を覗かせ、レンリの額を見ると顔を青ざめ一目散にこちらへと駆け寄って来た。
「コレット……け、怪我はないか?」
「はい。えっと……」
サウザンの騎士にやられたなんて、温室の外に見えたイリヤ様を前には言えなくて口ごもると、メルヒオール様に抱きしめられていた。
「驚いた……」
そう耳元で呟かれて、驚いているのは私の方で、心臓の音がどんどん大きくなっていった。




