017 義姉妹
「まぁ。義妹のくせに生意気ね」
「貴女の義妹になるつもりはないわ。私、ガスパルと――」
「ヒルベルタっ。戻ってこないと思ったら……。フィリエル。すまない。失礼な事を……ん? その子は何だ?」
サリアと共に現れたガスパルは、謝罪した後エミルの存在に気付き、驚きと共に優しい笑顔を向けていた。
「こ、こんにちは。僕はエミルって言います」
「隣国の兄の知り合いの騎士から預かった客人です。失礼な言動は控えていただけますか?」
「そうか。俺はフィリエルの婚約者のガスパル=ダヴィアだ。こちらは兄の婚約者のヒルベルタ=キールス。よろしくな」
「よろしくお願いします」
「ちゃんとご挨拶が出来て偉いな」
ガスパルがエミルの頭を撫で褒めていると、ヒルベルタはいつの間にかソファーに腰を下ろし、エミルを睨みながら私のお茶を勝手に飲んでいた。
フィリエルは無作法なヒルベルタを一瞥すると、ガスパルに向き直った。
「あの。何のご用ですか? 貴方は謹慎中ですよね?」
「ああ。そうなんだけれど。ちゃんと勤務は慎んでいるし大丈夫だ。それに俺、近衛騎士の免職を避けられそうなんだ。ライアス様のお陰で」
ガスパルは謹慎する気は全くないらしい。
しかも、反省の色が見えない。フィリエルの前で気張っているだけかも知れないけれど、何かモヤっとする。
レンリは隣でガスパルとヒルベルタを睨み付けていた。
「そうよ。私のお兄様のお力で何とかなりそうなの。感謝なさい」
「……まだ、偽りで得た名誉を手放したくないのね」
「これから本物になって見せるさ。フィリエル、君には俺の隣で見ていて欲しい。――それから、豊穣祭、二人で行こう。毎年楽しみにしてるだろ?」
エミルはそれを聞くとパッと明るい声を発した。
「あっ。フィリエルさん。イチゴタルトが好きなんでしょ。良かったね!」
「でも……」
「お。エミル君も一緒に行くか?」
「ううん。僕は……メルヒオールさんと一緒に行くから」
「あら。嘘は駄目よ。あの人が行くわけないじゃない」
「そんな事ないよ」
ヒルベルタに嘲笑われ、エミルはしゅんと肩を落とした。
「そうよ。兄はエミルと約束したのよね」
「うん……」
「そ、そっか。じゃあ、フィリエルは俺に任せておけよ。ちゃんと俺がエスコートするから」
「うん!」
ガスパルがくしゃっと頭を撫でると、エミルは笑顔を取り戻していた。ガスパルは子供によく好かれるし、本人も子供好きだ。フィリエルもエミルの手前、ガスパルを無下に追い返すことは出来ない様子だった。
「じゃあ。当日迎えに来るから」
「……分かったわ。話が終わったなら帰って」
「ああ。またな」
ガスパルが名残惜しそうにフィリエルの頬に触れると、ヒルベルタはつまらなそうにクッキーを頬張った。
「あら。もう帰るの? このクッキー凄く美味しいのに」
「勝手に食べるなよ」
「だって、美味しいんだもの……」
ヒルベルタはクッキーを絶え間なく口に運び、泣きそうになっていた。
「ど、どうしたんだ? 泣くほど美味しいのか?」
「ええ。どうしてかしら。お姉様の味がするの。このクッキーどこで手に入れたの?」
「私が作ったのよ。気に入っていただけて嬉しいわ」
「えっ? マジか……」
ガスパルがクッキーを手に取り一口で食べてニンマリした。
「あら。フィリエルが? そう……。だったら、義妹になったら毎日食べられるわね。フフンっ。さぁ、帰りましょ。――あっ。そうだわ!」
ヒルベルタは立ち上がるとサリアの元へ駆け寄った。
「フィリエル。この人貸して」
「え?」
「家の使用人、本当に駄目な奴ばっかで困っているの」
「毎日誰かしら辞めてくんだろ? ライアス様が呆れてたよ」
フィリエルは小さくため息をついた後、笑顔を作り言葉を返した。
「まぁ。大変なのね。それなら貸してあげてもいいですわ。でも貸すだけですからね。使用人にも選ぶ権利がありますから。――サリア。ヒルベルタに使用人の扱い方を教えてあげて」
「はい。お嬢様」
「やったぁ。これで私の婚約式も素敵なものになるわ」
「まだ日取りも決まってないんだろ?」
「まぁね。ガスパルが近衛騎士に戻ればすぐよ」
何を根拠に近衛騎士に戻れると思っているのだろうか。そんな事あり得ないのに、楽観的過ぎて笑えない。
フィリエルは呆れながら尋ねた。
「ヴェルネル様はいかがお過ごしですか?」
「兄様は帰ってきてないんだよ」
「え?」
「宮廷魔導師の補佐官になったから、王都に屋敷を与えられて、そっちで過ごしてるんだ」
「この前遊びに行ったわ。とても大きなお屋敷で城もすぐ近くなのよ。あっ。ねぇ。これも頂戴!」
ヒルベルタは鏡台の上に置かれた髪飾りを手にして顔を綻ばせるが、サリアに没収された。
「ヒルベルタ様。そちらはフィリエル様の髪飾りにございます」
「良いでしょ。私はフィリエルの義姉になるのだから!」
「いいえ。これはフィリエル様の為に特注で作られた髪飾りにございます。ヒルベルタ様も、ご自分の身の丈にあった物をお選びください」
「要するに、私もオーダーメイドにしろってことね。そうよね。私だけの為に作られたものの方がいいわ。もうすぐ婚約式でしょうし、お父様におねだりしましょっ。行くわよ。ガスパル」
ヒルベルタは部屋を出る前に口に入るだけクッキーを頬張ると、サリアに小言を言われながら部屋を出ていった。
部屋が静まり返るとエミルが大きく息を吐いた。
「はぁ。何か、怖いお姉さんだったね。でも、良かったね。フィリエルさんもお祭り行けるね!」
「そうね……」




