012 黒檀の剣
メルヒオール様は、飛んで来た異物を反射的に斬ったそうだ。エミルに申し訳なかったと謝罪するもエミルは真っ二つになった剣を前に泣き続けていた。
「エミル。また新しい剣を作りましょう?」
「うん。でも、完成するまで、練習できない……」
「ならば、俺が子供の頃に使っていた物をやろう」
「えっ。いいの!?」
エミルはメルヒオール様の一言に瞳を輝かせた。
◇◇
三人で本館の執務室へ向かった。
ついでにフランも持参して。
執務室の奥は武器庫へと繋がっていた。
壁一面に飾られた無数の剣。
そこにはあのラシュレ家の宝剣も飾られている。
それに、隣国の紋章やラシュレ家ではない家紋が縁取られた豪華な剣が何本もある。
ここは天国ですか? 素敵すぎて目眩がした。
エミルも隣で瞳を輝かせていた。
「かっこいい!!」
「エミル。勝手に触るな。危ないだろ」
「はーい」
「あの。こちらは近衛騎士の剣ですよね? でも、色味が違います」
柄は真紅。鞘も赤みがかっていて、兄やガスパルが持っていた白銀の剣より何処か可愛らしく見えた。
「ああ。これは姉の剣だ。王妃に気に入られていてな。王女の盾として任命されたのだ。国を出ることになっても返還は求められず、我が家の家宝となった。刀身が金で出来ているのだぞ」
「ええっ。凄い。女性が近衛騎士に……それに金で出来ているなんて。見てみたいです」
「ふっ……見せてやろう」
メルヒオール様は壁の剣を取り鞘からゆっくりと引き抜いた。磨き抜かれた金の刀身。手入れの行き届いた素晴らしい剣だ。
「うわぁ。かっこいい!」
「素敵。それに豪華だわ」
「ああ。他も見ていくか」
「「はいっ!」」
一本一本、熱量のこもった解説を頂戴し、壁一面分だけ紹介してもらった後、私達は本来の目的を思い出した。
エミルの木の剣の代わりを探しに来たのだ。
それから、メルヒオール様が子供の頃に使っていた三本の剣を見せてもらった。じっと見比べた後、エミルは黒檀で作られた一番小さな剣を手に取って微笑んだ。
「これがいい。すんっごくカッコいい!」
「懐かしい。この剣で良くお手合わせしましたよね」
「……覚えているのか?」
「あ、……はい」
普通に話しかけてしまったけれど、メルヒオール様が覚えていたことが意外だった。彼も面食らった顔をして、その後布にくるまれた一本の剣を木箱から取りだし布をほどいて私に差し出した。
エミルが手にした剣と同じ、黒檀でできた真新しい剣だった。
「これを、君に渡したかった」
「あ……。作ってくれていたのですね」
私がメルヒオール様の黒い剣に憧れていたから、兄に勝ったら同じものをプレゼントしてくれると約束していたのだ。
まさか十年越しで貰えるなんて思ってもいなかったし、兄に勝てるなんて思ってもいなかったから、すっかり忘れていた。
「ああ。コレット。君はあの約束のせいで――」
「うわぁ。コレット先生とお揃いだぁ!」
エミルは自分の選んだ剣を並べて大はしゃぎだ。
「フフっ。いつでもかかってらっしゃい。返り討ちにしてあげるから!」
「うー。少しは手加減してくれたっていいのに」
「嫌よ。負けるの嫌いだもの」
「僕だって!?」
その時、武器庫の扉がノックされ本館の執事のブレオさんが現れた。
「旦那様? あ、エミル様にコレット様もいらしたのですね」
「何の用だ?」
「お客様です。騎士団の方でお待ちです」
メルヒオール様の眉間が活性化するのに比例して、ブレオさんの声が小さくなっていく。
「ああ。すぐ行く。エミル――まだここにいるか?」
「うん。もう少し見ていたい!」
「エミルが素手で触れてしまった剣が多数ありますので、磨いておきます!」
「先生。それ、触りたいだけでしょ?」
「それもあるわ」
「ふっ。怪我しないように見張っていてくれ。すぐ戻る」
メルヒオール様は微笑した後、部屋を出ていった。
そしてブレオさんは驚愕の表情でこちらを見ていた。
「あの。どうかされましたか?」
「いえ。今、旦那様が笑った気がして……。それに、武器庫は旦那様のお宝部屋ですので、何人たりとも入室は許されず、掃除すらさせてもらえない開かずの間なのですよ。ここから先、使用人は誰も入れません。やはり、エミル様は特別なのですね」
「ボク?」
「はい。子煩悩なご様子で、使用人一同嬉しく思っております。実は、今日のお客様はサウザン侯爵様でして、ご婚約に関するお話なのです。先日も何やらご縁があったそうで」
「あの時の……」
女性騎士のイリヤ様。彼女との縁談の話が来たのだ。
「コレット先生。どういう事?」
「えっと……メルヒオール様に結婚のお話があるそうよ」
「結婚? いいお話だね!」
「そうね……いいお話よね」
エミルが満面の笑みを私に向けた。
メルヒオール様は今、どんな顔をして話をしているのだろうか。
私は、どうしてか喜べなかった。
何故かは分からないけれど。




