011 エミルの剣
今日から庭でエミルと木の剣で稽古をすることにした。
でも、それを見たレンリが、いつ怪我をしても手当できるようにと庭の隅で待機し始めたので、場所の移動を余儀なくされた。
素振りをする度にレンリは体をビクつかせているし、私も自分用の木の剣を作ろうかと思ってナイフを鞘から出すと、全力で阻止してきたから。「僕がやります」って言って木にナイフを当てたけれど、全然削れなくて、結構力が必要ですねなんて漏らしながら四苦八苦してた。
なので、今日の稽古は終わりということにして、レンリの目の届かない二階のバルコニーへ移動した。
塀の向こうから聞こえる騎士達の掛け声に合わせて剣を振るエミルはとても楽しそう。
でもこのまま私が教えていて良いのだろうか。
前ラシュレ公爵に基礎は教えてもらったけれど、エミルはやはり血筋なのか、五歳児とは思えないほどに剣の扱いに長けていた。
まず姿勢が良い。身体の軸がしっかりしているし、羽ペンの時のように無駄な力をかけることもない。そして何より意欲的だ。
「コレット先生! 素振り終わったよ!」
「じゃあ、汗を拭いて水を飲んだら、あと五十回ね!」
「ぇえっ!? わ、分かった!」
首にかけていた布で汗を拭うと、渡されたコップの水を一気に飲み干し、また木の剣を握りしめた。
一瞬戸惑いはしたもののまだまだやる気満々。
私は隣で様子を見ながら、椅子に腰かけ自分用の木の剣をナイフで彫り進めた。
私も昔の勘を取り戻して稽古しないと、あっという間にエミルに越えられてしまう。
しばらくすると騎士達の声が消えていて、訓練が終わったことが分かった。
今日はエミルのリクエストでフランを作った。みんなの分を各々の好みに合わせて甘さを変えてみたので、メルヒオール様も気に入ってくれるだろうかとエミルと楽しみにしている。
そろそろ訓練場から戻ってくるかもしれない。
私は無意識の内に塀の方へと目を向けると、庭を歩く紺碧色の髪の騎士が見えた。
「メルヒ――」
「隙ありぃ!」
背後からした声と共に、木の剣が私に向かって振り上げられていた。満面の笑みを浮かべたエミルと目が合い、私は咄嗟に椅子から立ち上がり左へ避ける。
「……っ。エミル!?」
「あっ。避けられたっ。でもっ――」
エミルは体勢を建て直すと剣を両手で握りしめ、私の方へと力強く踏み込み、再び剣を振り下ろした。
「ちょっ――」
私が後ろに避けても、エミルはどんどん前へと攻め、楽しそうに言葉を発した。
「コレット先生に勝てば、メルヒオールさんが稽古してくれるって!」
「そ、そんな約束……」
いつの間にしたのか。と問おうとした時、バルコニーの柵に背中を取られた。
振り上がった木の剣。これは避けられない。
回避を諦めた私は、持っていた作りかけの木の剣を振りきっていた。
「わっ!?」
私の剣はエミルの剣をなぎ払い、木の剣は回転しながら後方へ吹っ飛び、庭へと落ちていく。
庭に人がいたら危ない。
私とエミルは柵に飛び付き下を確認した。
その瞬間――下で何かが煌めいたかと思うと、カンッと甲高い音が響いた。
それに続いてメルヒオール様の声。
「何だ?」
メルヒオール様は腰に剣を戻し、地面に落ちた木の剣の片割れを拾い上げた。そして彼が斬ったもう半分も。
「あーーーーーーっ!? 僕の剣っ」
エミルは叫ぶと同時に部屋に駆け戻り階下を目指す。
メルヒオール様は二つに割れた剣を手に、こちらを見上げていた。
「申し訳ございません。お怪我はないですか?」
「ああ。しかし……エミルの剣を斬ってしまった」




