009 読み聞かせ
あの後レンリは食堂に顔を出さず仕事に専念していた。フィリエルは、レンリの仕事の邪魔をしてしまい、ハミルトンさんに叱られていたことを申し訳なさそうに話してくれた。
フィリエルが酷く気にしていたので、レンリはそれぐらいのことで怒らないだろうけれど、後で話を聞いておくと伝えておいた。
夕食の片付けをしながら、私はレンリに尋ねてみた。
「レンリ。フィリエルと喧嘩したの?」
「してませんよ。何と仰っていたのですか?」
「レンリの邪魔をしてしまってティーセットを割ってしまった。って。レンリがハミルトンさんに叱られたのは自分のせいだって」
「叱られていません。ハミルトンさんには、僕の不注意だとお伝えしたのですが、割ったところを見ていたそうで、お嬢様を庇ったことを誉めていただきました」
レンリは食器を布で磨きながら、こちらを見ずに抑揚のない声で答えた。フィリエルも言っていたけれど、その態度は怒っているようにしか見えなかった。
「あら。そうなの? じゃあ、レンリは何を怒っているの?」
「怒るというより困っています。お嬢様はコレットと僕をくっつけたい様子なので」
「くっつけ……? ああ。そういうことね。私にも聞いてきたわ。そう言えば、ヴェルネル様との婚約の話が出た時と似てるわ。恋のお話とか好きみたいなのよね。でも、私とレンリはそんなこと絶対にないのに。ね?」
「そうですね。絶対にあり得ませんね。あ、そろそろエミルに絵本を読んであげる時間ではないですか?」
レンリは返答に少し間をおいた後、壁掛け時計を見上げて早口で言った。まだエミルが二階へ上がってからさほど時間は経っていない。まだハミルトンさんと就寝準備中だろう。
「まだ時間はあるわ。……やっぱり、何か怒ってる?」
「いいえ。あ、今日はエミルの部屋で寝ないでくださいね」
「……気を付けるわ」
正直あまり自信はない。本を読むのはそんなに得意ではない。寝る前となると余計に。
「あの。椅子に腰かけて読めばいいと思いますよ」
「あら。名案ね!」
レンリの助言通り椅子を使おう。
何故気付かなかったのだろう。
そうだ。昨日エミルが泣いていたから、側にいてあげたかったんだ。
今日はどうしているだろう。
ハミルトンさんとは上手くいっているだろうか。
メルヒオール様が後でいらっしゃるだろうから、きっとご機嫌だろうな。エミルはメルヒオール様にいつの間にか懐いていたから。
片付けの手伝いを終え、ミシュレおばさんとハーブティーを楽しんだ後、私は二階へ向かった。
「失礼します」
「どーぞー」
扉をノックすると元気なエミルの声がした。
いつもならハミルトンさんが開けてくれるのに、今日は扉が開かない。
不思議に思いながらも自分で開けると、ソファーで寛ぐメルヒオール様とエミルの姿が視界に飛び込んできた。
「今ね。メルヒオールさんが本を読んでくれてるんだ!」
「そうでしたか。では、私は失礼致しますね」
「えっ。何で!? 読んで欲しい本だって選んでおいたのに」
「ですが……」
私はメルヒオール様にも読み聞かせをするのかしら?
「俺の事は気にするな」
気にするなと言われても気になりますけど。
自分の存在感の大きさが分からないのかしら。
でも、期待に目を輝かせたエミルは、ソファーに座るメルヒオール様の方へ体を寄せて座り、反対側を私の為に空けてくれた。
これならメルヒオール様は見えないから読みやすいかもしれない。私はエミルの隣に腰かけ本を開いた。
今日はエミルの好きなオオカミ騎士シリーズの童話。教会でも何度か読んだ本だ。
動物達と心を通わすことの出来るオオカミ騎士が森を守るためにあちこちの国を飛び回って悪い領主や王族を退治していくお話。
エミルは騎士に憧れているからか、騎士が出てくるお話を好んで選んでくる。教会に置いてあったのは絵本で、これは挿し絵の少ない童話版の本だ。
昨日は三ページ読んだ辺りから記憶がない。
「早く読んで~」
「はい。――昔あるところに……」




