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【コミック版配信中】妹の召使いから解放された私は公爵家の家庭教師になりまして  作者: 春乃紅葉@コミック版『妹の~』配信中
第三章 公爵家の家庭教師になりまして、平和な日常に笑顔が溢れてしまいます
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007 羽ペンとアップルパイ

 教会で読み書きを子供達に教えていた時、エミルはその輪に入ることは一度もなかった。

 読み聞かせは大好きなのに、どうしてなのか気になっていたけれど、今日その理由がやっと分かった。


 簡単なものからと思って、詩の本を一緒に読もうとしたら、エミルはそれをスラスラと読み上げ、本を閉じて暗唱し始めた。


「え、エミル。この詩を知っていたの?」

「ううん。初めて。でも、素敵な詩だから覚えちゃったよ」


 もしかしたら、エミルは天才なのかもしれない。


「凄いわ。じゃあ、今度は書いてみましょうか」


 しかし、羽ペンを用意するとエミルは急に顔を曇らせた。


「……ボク、書くのが苦手なんだよね。絵とかも苦手。変なのって、いつも馬鹿にされるんだ」

「練習したら上手になるわ。ほら、羽ペンにインクを付けて」

「うん……」


 ペンの持ち方も姿勢も良い。でも力が入り過ぎているのか、文字は震え、単語を書き終える前にパキッと音がした。


「あ、折っちゃった」


 エミルは口を尖らせ潤んだ瞳で私を見上げた。

 これは中々時間がかかりそう。


「エミル。初めは上手くいかないくていいのよ。まずは字ではなくて、線を書きましょうか。羽ペンに慣れましょうね」

「うんっ」


 ヤル気満々のエミルに、こっそり魔法で強化した羽ペンを渡すと、初めはガリガリ変な音がしていたけれど、段々と力加減に慣れてきたみたいで、真っ直ぐな線が書けるようになっていた。


 そろそろ終わりにしようとした時、部屋にノックの音が響きフィリエルが現れた。

 フィリエルは折れた羽ペンと羊皮紙を見比べ目を丸くすると、手に持っていたバスケットを前に出した。


「お勉強、頑張ったのね。少し休憩にしない? 外の空気でも吸いながら、お昼にしましょう」


 ◇◇


 買い出しから戻ってきたレンリも一緒に、庭のテーブルを囲んで優雅に昼食を――と思ったけれど、そんな空気にはなれなかった。


 騎士団の訓練所の方から、何やら勇ましい掛け声やら叫び声が絶え間なく聞こえてくるからだ。

 エミルは興味深そうに塀を見つめ、レンリはちょっと引いている。でも、フィリエルだけは聞こえていないのかと思うほど普通である。


「ねぇ。フィリエル。東館っていつもこれくらい騒がしいのかしら?」

「騒がしいですか?」

「えっ」


 レンリが驚いて声を漏らすが、フィリエルと目が合うとサッと反らしてパンを頬張った。

 エミルはじっと見続けていた塀を指差すと尋ねた。


「騎士様達ってどんな訓練してるの?」

「ああ。あの声のことでしたのね。詳しくは知りませんが、兄の指導日はいつも聞こえてくるのです。今日は久しぶりだから……午後は怪我人が出そうね」


 フィリエルは平然と話すので聞き流しそうになったけれど、怪我人って……。顔の圧だけでも大変だろうに可哀想。


「レンリ、手当てのお手伝いにでも行ってきたら?」

「嫌ですよ。知り合いがいるかもしれませんし」

「宿舎の騎士達は、みんな平民の出ですから、知り合いは居ないと思いますわ。レンリは医術の心得がおありですか?」

「いえ。回復魔法が得意なだけです」

「レンリ先生は魔法が得意で、コレット先生は剣が上手で美味しいアップルパイが作れるんだよね。あぁ。また食べたいなぁ」


 エミルが自分の事のように自慢した後、アップルパイに思いを馳せていると、フィリエルは羨ましそうに私を見つめていた。


「コレットはお料理が出来るのですか? 凄いわ。私もいただいてみたいわ」

「じゃあ。今から作ってご馳走するわ」

「やったぁ。ボクも手伝う!」


 

 昼食後、ミシュレおばさんにも手伝ってもらい、私とエミルはアップルパイ作りをすることになった。


 フィリエルとレンリは、アップルパイに合う紅茶を本館に取りに行った。

 フィリエルが取りに行こうとしたところ、それなら自分が行くと言い出したレンリと揉め、結局二人で取りに行くことにしたみたい。


 しかし、 アップルパイが焼き上がる頃になっても二人は一向に戻ってこず、代わりに別の人物が食堂に現れた。その人物を見ると、ミシュレさんは恐縮して厨房の奥へと引っ込んでしまった。


「あっ。メルヒオールさん! アップルパイ食べる?」


 メルヒオール様は二つ並んだアップルパイを交互に見比べている。


「甘いのと甘くないのがあるんだ。どっちがいい?」

「ん?」

「甘くないのはエミルとレンリ用なんです。どちらがお好みですか?」

「……腹が空いている。どちらもいただこう」

「はい。あ、フィリエルがレンリと一緒に本館へ紅茶を取りに行ってるんです。もうそろそろ戻ってくると思うのですが」


 食堂の入り口へ素早く視線を伸ばし、二人の気配がないことを確認するとメルヒオール様は早口で言った。


「来る前にいただく。エミルの様子を見に来ただけだからな」

「はいどうぞ。こっちが甘くない方で、こっちが甘い方だよ!」


 メルヒオール様は甘くない方を一口で食べ、眉間にシワを深く刻んだ後、甘い方も一口で食べた。






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