006 優しい人?
陽の光に照らされて目を覚ました。
眩しくて手で顔を覆うと、ベッドがふかふかなことに気が付いた。
そうだ。ここはラシュレ家だ。
「エミル? あら……。私の部屋?」
絵本を読んでいて寝てしまったんだ。
きっとレンリが運んでくれたのだろう。
また迷惑をかけてしまった。
でも、エミルは一人で眠れたのかしら。
私は着替えを済まして部屋を飛び出した。
廊下には芳ばしいパンの香りが漂っていた。
もうミシュレおばさんは仕事中みたい。
二階はとても静かだった。
エミルがぐっすり眠れている証拠だ。
でも、そろそろ起こしてあげなきゃ。
ノックをして部屋に入るとエミルはまだベッドの上で……メルヒオール様と一緒に寝ていた。
「へ? どうして……。でも、親子みたい」
仲睦まじく寄り添って眠る二人の寝顔はそっくりだった。
そして驚くべき事に、メルヒオール様の眉間のシワがない。
馬車で寝てる時ですらあったのに。
二人の寝顔を見ていると、扉のノックが聞こえ、レンリが入室してきた。
「あ。コレット。やはりここにいましたか」
「レンリ。見て見て」
「はい? 良く眠ってらっしゃいますね」
レンリはメルヒオール様がここにいることを知っていた様子で落ち着いていた。
でも、きっとメルヒオール様の顔をみたら驚くだろう。
「メルヒオール様、眉間のシワがないのよ?」
レンリはメルヒオール様の顔を注視すると顔をしかめた。
「と言うことは、馬車では起きてたのですかね」
「えっ。どうなのかしら。……でも、もう少し寝かせてあげましょうか」
「そうですね。お二人とも長旅で疲れてますでしょうし。ですが、メルヒオール様が起床しましたら、お礼を言っておいてくださいね」
「お礼?」
「昨夜、エミルを案じてメルヒオール様が部屋を訪ねていらしたんです。意外と気に掛けてらっしゃったみたいで。それと、コレットを部屋まで運んだのはメルヒオール様ですから」
「えっ。そうだったのね。でも、起こしてくれたら良かったのに」
使用人の分際で雇い主の手を煩わせるなんて、初日から大失態だ。
「起こそうと思ったのですが、メルヒオール様に止められました。すっごく怖い顔で優しそうなことを言うので、理解が追い付きません」
「ふふっ。優しそうなことって……。優しい人なのかもしれないわね。昔と変わらず」
だから、エミルもこんなに気持ち良さそうに眠っているのだと思った。
◇◇
その少し後、エミルはメルヒオール様と二階から降りて来て、二人で朝食を摂った。
エミルはいつもよりも寝すぎてしまい、まだ眠いそうだ。メルヒオール様はスッキリとした顔をしていて眉間のシワも見当たらない。
でも、私が昨夜の礼を伝えると眉間のシワが復活してしまった。気にするなって声をかけてくれたけれど、そんな凄まれて言われたら気になってしまう。
そして、二人が食事をし始めた時、本館の執事のブレオさんが食堂に物凄い形相で現れて、メルヒオール様を見るとその場に崩れ落ちた。
ミシュレさんが用意してくれた冷たい水を飲むと、ブレオさんは息を吹き返して何を慌てていたのかこっそり教えてくれた。
どうやら、メルヒオール様が自室にいなかったことで、本館は大騒ぎだったらしい。
メルヒオール様は、どこでも寝てしまうそうで、たまに大捜索が行われるとか。
執務室のソファーで寝ていたり、深夜に庭で自主練習をして、そのまま原っぱで寝ていたり。
そんな不摂生な生活を送っているから、いつも不機嫌そうに眉間にシワを寄せているのかもしれない。
ハミルトンさんも、エミルの部屋で寝ているとは思わなかったそうでレンリが伝えておくべきだったと反省していた。
これから暫くの間、メルヒオール様は就寝時と朝食をエミルと過ごす事を明言した。
それを聞いた時のエミルは、嬉しそうに頬を緩めていた。




