幕間(メルヒオール)
溜まりにたまった執務をこなしていると、ハミルトンが報告へきた。久々に子供を相手にしたからか、ハミルトンは疲弊していた。
「エミルは寝たか?」
「いえ。一人は嫌だと我が儘を言い先程まで泣いておりました」
「……今はどうなのだ?」
「コレット様が読み聞かせをしてくださっております」
「そうか。姉上は深夜に亡くなったそうだ。エミルは夜中に異変に気付き、一人で周りの者に知らせに走ったと聞いている」
「そうでしたか。いささか厳しくし過ぎたでしょうか」
ハミルトンは姉の執事だった。
姉が産まれこの家を出るまでずっと。
姉の手紙を見て一番喜び悲しんだのはハミルトンだろう。
「いや。間違ってはいない。後で俺が様子を見に行く。下がって良いぞ」
「はっ。お休みなさいませ」
◇◇
執務を切り上げ、東館に足を運んだ。
二階に上がろうとした時、階段の手前でレンリ=ベルトットと遭遇した。
彼は俺を見るなり、驚いて一歩後ろへ飛び退いた。
「め、メルヒオール様?」
「エミルの様子を見に来た」
「僕もです。コレットがまだ降りてきていないのです。ご一緒してもよろしいですか?」
「ああ」
互いにそれ以上言葉を交わすことなくエミルの部屋に入室した。部屋はシンと静まり返り、明かりは灯されたままだった。
ベッドに横になり本を開いたまま、エミルとコレットは手を繋いで眠っていた。
「はぁ。コレットが申し訳ありません。本を開くと眠くなってしまうそうなんです。部屋まで僕が運びます」
レンリは本を片付けコレットに手を伸ばした。
その腕はか細く、人ひとり階下へと運ぶには心許ない。
確か、ベルトット家は魔法使いの名家だ。
「階段から落とすなよ」
俺の忠告に、レンリは一瞬動きを止め思案するとコレットの肩に手をかけた。
「……コレットを起こします」
「俺が運ぶ。戻ってくるまでエミルを見ていろ」
「はい」
コレットの手を引き離すと、エミルは小さく唸り声を上げて手をさ迷わせ、その手をレンリが受け止めると、また寝息を立てて安心したように眠りについた。母が恋しいのだろう。
コレットを抱き上げると、思ったより軽かった。病気に伏していたと聞いていたが、そのせいだろうか。昔は一緒に剣を振り回していたのに。
長旅の疲れか、コレットはぐっすり眠っていた。
彼女の部屋のベッドに寝かせても起きる気配すらない。
しかし、何故コレットは国を追われたのだろうか。
ハミルトンに調べさせたところ、コレットはヴェルネルと婚約する予定であったが、それを破棄し、レンリと駆け落ちしたことにされていた。
病弱な娘が邪魔だったのか。いや。ガスパルを負かす程ということは、コレットは病気を克服したのだろう。
それでも邪険に扱われるということは、女性なのに男を負かす程の力があるからだろうか。
この国は根本的にそういった思想の輩が多い。
コレットもその犠牲者なのかもしれない。
だとしたら、彼女に何をしてやれるだろうか。
コレットの寝顔を見ていると、何故だか俺まで眠くなってきた。夜に眠くなるのは久しぶりだ。
父の後を継いでから、まとまった睡眠を取ることが上手く出来なくなった。
騎士団の事や執務に追われ、ベッドで休む習慣は失われていた。横になると落ち着かずに起きてしまうことがほとんどだ。
エミルも一人で寝られないようだった。今、エミルがどうしているか、急に気になり始め、足早に部屋を出た。
二階へ戻ると、エミルは静かに眠っていた。レンリはずっとエミルの手を握り頭を撫でてくれていたようだ。
「メルヒオール様。ありがとうございます。エミルと一緒に寝てもよろしいですか?」
「部屋に戻れ」
「ですが……」
「お前達ではいつまでもエミルを甘やかしそうだ。しばらくは俺がここで寝泊まりする」
「はい?」
俺がこんなことを言うのは意外だったようだ。
目を丸くしてレンリは俺を見上げた。
「下がって良いぞ」
「は、はい。失礼します」
レンリは不安そうにエミルから手を離すと部屋を後にした。
エミルはシーツをグッと握りしめ涙を浮かべていた。しかし、俺が隣に寝るとコロッと寝返りをうって懐に潜り込んでくる。
ここ数日傍で見てきたが、エミルは人懐っこくて優しい子だ。笑った顔が姉と似ていて、誰とでも直ぐに打ち解ける。
こんな無邪気な笑顔を向けられるのはいつ振りだろうか。
それに、こんなにベッドが心地よく感じるのも久し振りで、瞳を閉じれば、すぐに意識は落ちていった。




